この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




あ、
あ、
あ、

ボチャンッ



瑞月が
じゃがいもを
落っことした。

それも
つるっ
つるっ
の二段階すっぽぬけ。




落下高度も
落下スピードも
十分なじゃがいも爆弾が
大きな金盥の真ん中に投下!


水しぶきは
上がる。






冷たーい!!
    
 

綾ちゃんは
顎から水を滴らせて
瑞月を睨む。



    ご、ごめんね。
    はねちゃった。

自分のお顔は無事な瑞月が
あたふた
謝る。




バシャッ…。 


 「これで
    おあいこですわね。」

綾ちゃんは、
黒縁メガネを外し、
いかにも
〝これで済んだ〟感満々で
水滴を拭き取る。


いやー
メガネなしの綾ちゃん、
美少女だわ。





瑞月は
胸にびっちゃり水を受けて
薄手のブラウスが肌に張り付いて透けてる。

トムさんが見たら
鼻血出しそう。





ふふん
艶やかに微笑んで
綾ちゃんは
黒縁メガネ少女に戻る。




瑞月は
しばし
硬直して、
びしょ濡れのブラウスを
じっと見詰めてる。



で、
次の瞬間よ。




ビシャッ…。

    ごめんって言ったよっ!!


瑞月が
思いっきり
両手で水を跳ね上げた。


反撃した………?
うん
反撃した………。

………………………。


あら、
いやだ。

感慨に
浸っちゃった。
やられたらやられっぱなしの瑞月が
やり返した!!



よし!
あなたの場合、
反撃ってだけで私は嬉しい!!




ごめんなさいね、
綾ちゃん。

綾ちゃんは
頭からポタポタ水を滴らせながら、
すっく
立ち上がった。




瑞月も
負けずに
立ち上がる。




一度も仕返しされたことないお嬢様と
一度も仕返ししたことない天使が、
フニャーッ
毛を逆立てて睨み合った。





止めなさい!!




一瞬で
子どもを黙らせる
お母さんの声が降ってきた。


笊を取りにお勝手に入っていた民さんが
仁王立ちになっている。


うん
1分留守にしたら
子どもらは
びしょ濡れになっちゃってるんだから
怒るわよ。


雷を落とす
って
言うのよね、
こういうの。




「いい加減にしなさい!
    二人ともびしょ濡れじゃないですか。
   何をしてるんです?!」

お母さんは
問題点を指摘し、
子どもらを問い詰める。




ぷくっ
四つの頬っぺたが膨れる。

二つのお口が
パカッ
開く。


 
「水かけられたんです!」
「ぼく、
    わざとじゃないもん!
    謝ったもん!!」




ハイハイ
ぼくも私も悪くないのよね。
民さんのお顔が
ぴしっ
引き締まる。



「お黙りなさい!!」




どちらにも公平に
ギロッ
ギロッ
睨み付ける民さんだ。





綾ちゃん、
反撃されたのも初めてだろうけど、
叱られるのも初めてみたいね。


呆気にとられて
民さんの顔を見詰めていた。





民さんは
まず、
綾ちゃんに正対した。




「綾さん、
    今すべきことは何ですか?」


「………じゃがいもを洗うことです。」


「そうです。
    水遊びする時間じゃありません。
    あなたはお仕事をしているんです。

    綾さんは、
    一生懸命です。
    だから、
    学べると思っていますよ。

    大事なのは、
    自分が何をするかです。
    すべきことを第一に考えなさい。」



綾ちゃんは
繰り返す。


「………お仕事?」



民さんは
確かめる。

「あなたは、
    お仕事をしに来ました。」



綾ちゃんは、
ぱっ
顔を輝かせる。


「そうでした!
    わたし、
    お仕事頑張ります!!」



民さんが
綾ちゃんに頷いてあげ、
綾ちゃんが意気揚々とニコニコする横で
瑞月が
ちょっと涙目になる。





「ぼく、
    わざとじゃなかったのに………。」

小さな小さな声が
悲しそうに
ポツン
響く。



民さんは、
次に
瑞月に正対する。




背丈は
瑞月の方が
だいぶ高い。


その両手を優しく握り、
民さんは
瑞月を見上げる。



「瑞月さん、
    民にとって、
    瑞月さんは大切な子です。」


瑞月が
おずおずと
民さんを見返す。



「だからね、
    考えてほしいんです。
    聞いてくれますか?」


民さんは
本当に優しい目をしていた。
吸い込まれるように
瑞月が頷く。





「やられたら
    何でも
    やり返しますか?」

民さんが問う。



瑞月が
はっ
した。



それから、
うんうん考えて
綾ちゃんに向き直る。



はにかみながら、
でも
一生懸命に
瑞月は言った。



「えっと、
    水かけたりして…………

    ごめんなさい!!」


ぺこり!
可愛い頭が
90度に下がる。




綾ちゃんが
あたふたする。


「あっ、
   やだ
   先越されちゃいました。

   あの………
  私こそごめんなさい!!」


今度は
綾ちゃんが
ピョコン
頭を下げる。





戻した顔が
どちらも
明るい。


二人は
顔を見合わせて
うふふ
笑った。





「さあ、
    大事なお勉強ですよ。
    お聞きなさい。」


民さんが
二人に声をかける。





「やってはいけないことは、
    やってはだめです。

    誰かがしたからといって
    自分がしていいわけではありません。

    いつも
    今は
    自分が何をする時間かを
    考えるんですよ。」



子どもらは
民さんの話す口を
一心に見詰めながら
聞いていた。



「はい!」

元気な声が揃う。





〝仲直り〟は、
無事終了した。

子どもはケンカして育つ。
瑞月がケンカした。
で、
綾ちゃん、
あなたもケンカしたわね。


もう
お互いのびしょ濡れスタイルを
指差して
笑い合ってる。


うふふ
くすくす

あははは
おほほほ



鷲羽本山は、
園児が二人になったことで
保育園としても
起動したみたいね。


保護者ばっかりじゃ
ケンカもできない。
綾ちゃん、
私は
あなたを歓迎するわ。





女衆が
次々と土間に顔を出す。

「あら
    瑞月さんも
    いらしたの?」


「まあ
    お勝手が明るくなりますわ。」

………………………。




鷲羽の台所が動き出す。


二人が洗ったじゃがいもは
笊に上げられ、
女衆が
手早く玉ねぎをくるくると剥く。
人参の山が
みるみる洗われて
これまた笊に上げられる。




「さあ、
    下拵えしますよ!」

民さんが声をかけ、
皆が
くるくると動き出す。




二人の子どもらは、 
現れた援軍に
着替えさせてもらった。


この二人じゃ汚しそうだし
動きやすい方がいいし、
たぶん
みんなが見てみたかったからだと思うけど、
濃紺の作務衣が
着せられた。




綺麗な一対のお人形が、
ピューラーを握らせてもらって
じゃがいもの前に
ちょこんと座る。




「ほら、
    すごく長く剥けたよ。」

「皮剥くと
   やっぱり白いのよね。」


たくましいお母さんチームは、
おままごとする子どもらを
楽々と懐に抱えて
立ち働く。





あっ
心配症の狼さんのこと
忘れてたわ。


伊東さん、
報告は
してるよね。


今頃、
モニターに釘付けかしら。
それとも
ちゃんと仕事してるかしら。

海斗、
あなたは
もう保育園に戻るわけにいかないんだから、
ちゃんと大人で頑張りなさいね。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。