この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




その人は
〝行ってくる〟
言った。

その人は
〝待っておれ〟
言った。



蝉時雨が
肌に染み込むような暑さだった。
日は中天にあり、
世は一点の曇りなく日の下に
光り輝いている。

その人は、
日を抱く。



梢の葉を煌めかせ
木漏れ日は
さんざめく。

その光を徒然と見上げながら
月は
待っていた。


 待っておれ

 待っておれ

その人が待てと言った言の葉が
月を生かしていた。



ひんやりと
室の空気が冷たくなった。
盛夏の最中に
そこに生じた冷気は
肌を熱くし
心の臓を鉛に変えた。


あっ
捩る身を
ザワザワと擦り上がる幾筋もの指は
慣らされた手順に
四肢を突き動かしていく。


ひっ

息を引く音に
くぐもった笑いが重なる。



 ほうれ
 もう
 絶えてしまう

 もう
 消えてしまう

 見てごらん
 見てごらん

 そなた
 こうしてやらねば
 一夜ももたぬのであろう?

 我は
 惜しみはせぬがのう。



逃れようとあがく
その腕が
その足が
ぬめぬめと黒きものに絡め取られていく。


痙攣は
繰り返しその身を遅い
声なきままに涙は流れ落ちる。


 さあ
 乞うてごらん
 我には聞こえる
 
 さあ
 言うのじゃよ


ああっ
たゆたう眸に
木漏れ日が浮かぶ。



秀でた額、
濃く一息に描いたかの眉
涼しげな眸
その唇が囁く。

〝あの木よ
 母者が植えてくださった。〟


〝我じゃ。
 そばにおる。〟

そばに

そばに

そばに………………。



そのか細い指が
己の胸をまさぐった。

勾玉は
その指を待っていた。
握り締めたまま
月は
微かに微笑み
眸を閉じる。


オオオオオオオオオオッ

殷殷と響くその音色は
館にある木々を揺らし
鳥どもを驚かし
鷲羽の地を流れる川面をさざめかす。


人の耳に届かぬその音を聴く者よ


勾玉は呼ぶ。
その片割れを呼ぶ。


呼ばれし者こそ
その地の思いに応える者。
日と月と在りて
光はあまねく。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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