この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




母屋の廊下を
黒猫と少年がとことこ歩いていく。


黒猫は
トパーズ色に輝く瞳に
見事な猫目石が相乗効果を上げている。
猫の目。
黒猫は、
その瞳がひどく印象的だった。


少年は
造化の妙と言えば済む。
その美はあまりに突き抜けていて
美しいとは
万人が認めるであろう少年だった。

ただ、
その美に何を見るかは
見る者次第なのだろう。
誰をも引き付ける美とは、
人の内奥からそれぞれの本性を引き出してしまうものだ。


で、
黒猫は、
いかにも悠々と
少年は、
見るからに人恋しげに
この鷲羽の本山たる屋敷の母屋を
トコトコ歩いているのである。



「黒ちゃん
 たけちゃん、
 いないね。」


襖を開けて
がらんとした部屋に
瑞月は
黒を振り返る。
独り言みたいなものだ。


黒は
尻を下ろして
付き合ってくれたが、
その問い掛けには
背伸びで応えた。

さて、
黒猫は再び歩き出し、
まだ自分で決めることに慣れていない少年は
自然に後を追う。




「おじいちゃんのお部屋かな。」

瑞月は、
新しい目的地を思い付く。

「ねぇ
 黒ちゃん
 行ってみようよ。」

そう言いながら、
足の止まらぬ黒を
瑞月の足は追う。



黒は
素知らぬ顔で進む。


差し込む光に
のどかな廊下は
磨き上げたばかりの光沢に
見事な輝きを見せている。


 ねぇ

 ねぇ

甘えながらついてくる瑞月を従えて
黒は
もう最後の角に辿り着いていた。


ここを降りれば〝おじいちゃん〟
ここを進めば〝玄関〟




ピクン
黒の耳が動いた。


「………ですから、
 ここは、
 お屋敷みんなのお台所です。
 総帥お一人のためだけに
 お食事を作って済むものでは
 ありません。」


どうやら
新人行儀見習いが
指導を受けている最中のようだ。

「あっ
 民さんだよ!」



構ってほしくて
退屈していた子どもは、
みるみる元気づいた。


黒は、
もう見送るだけだ。
瑞月は
駆け出し
角の向こうへと消えた。


「民さん!
 ぼく、
 すごく暇なの。」


あどけない声が
角のこちらにも聞こえてくる。


黒は
やれやれと
自分も角を曲がった。



☆黒の見るお勝手


民さんの講義が
ぴたっ
止まっちゃった。


ごめんなさい。
焦るわよね。



瑞月は
土間の上がり口に
ぺたん
腰を下ろしてる。

メガネの綾ちゃんは、
土間で
民さんと向き合ってる。


引き離そうにも、
他に大人はいない。



「瑞月さん
 洋館でお勉強じゃないんですか?」

民さんは
まず瑞月を追っ払うことにした。




「海斗は
 マサさんと大事なお話してるんだもん。
 ぼく、
 お邪魔なんだ。」


瑞月は
腰掛けた足を揺すりながら
訴える。

 ぼく
 かまってほしいの



うるうると甘える眸が
民さんを追い詰める。
………これは、
無下にはできないわよね。




「あの………、
 私、
 何をいたしましょう?」


で、
頭脳高速回転中の民さんに
メガネちゃんが
質問する。


ぱっ
民さんの顔が明るくなる。
そうね、
メガネちゃんを追っ払えば
瑞月の相手ができる。


「瑞月さん、
 ちょっと待っていてくださいね。」

瑞月に笑いかけておいて、
民さんは
メガネちゃんに向き直る。


「えっと、
 そんなわけで、
 ここではお屋敷みんなのお食事を
 作ります。

 お昼はカレーです。
 じゃがいもの皮を剥いてください。」


メガネちゃんが
きょとん
とする。


「あの………皮ですか?」


民さんが
え?
戸惑いながら
じゃがいもの山を指し示す。


「そうですよ、
 ここにあるだけ
 全部を使います。」


メガネちゃんが
じゃがいもを
つくづくと眺める。


「じゃがいもって
 真っ白なものだと
 思ってました。」


………………………。


民さんの
至極常識的な頭が事態を飲み込むのに
いくばくかの時間が
必要だった。



民さんが
はっとする。


「じゃがいもの皮を剥いたこと
 ないんですね?」



メガネちゃんは
元気に頷く。

「はい!
 教えてください!!」




これでは、
すぐには追い払えない。
ぐらっときた民さんに
瑞月が
止めを刺した。



「ぼくも!
 ぼくもやる!!
 海斗がやらせてくれないんだもん」


呆然と振り返る民さんに
上がり口にちょこんと座って
可愛いあんよをバタバタさせてる瑞月が
にこにこする。




じゃがいもは、
大きな籠いっぱいに入ってる。

子ども二人は
新しい遊びに意欲満々で
お目目をキラキラさせている。


民さんは観念した。
とりあえず、
同じ遊びをさせとけるから
まとめて見ていられる。


包丁は使わせない。
自分が一緒にやって見せれば
時間はさしてかからない。


そして………きっと
誰かが見ていてくれてる!


「わかりました。
 まず、
 きれいに洗うことからです。」


民さんは二人に声をかけ、
二人は元気にお返事した。

「はい!」



子どもは
もう
おしゃべりを始めてる。

「ぼく、
 自分で作ったお料理
 海斗に食べてもらうの夢なんだよ。」

「私もよ。
 だってお料理は得意なんですもの。」

「すごーい。
 いいなー。」

ふーん
得意なんだ。

噛み合わない会話が
なぜか
楽しそうに弾む。




たぶん
ちゃんと本気の綾ちゃんは、
きっと
あなたの勉強になるわ。

あなたも
綾ちゃんの勉強になる。



さあ
二人とも
とりあえず
じゃがいも剥けるようになってね。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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