この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




広い板敷に
ひそと頭を下げる臣下たち。
長が上座につくまで
その頭は上がらない。




およそ
鷲羽におけるほど
長の位置が格別な一族は
類を見なかった。



それは
勾玉があるからだ。
鷲羽の勾玉は
長を定める。

特に
今の長はそうだ。
誰もが〝長〟と言えば
今の長をしか思わぬほどに
勾玉の意志は明確だった。




勾玉は
わずか15の年に
その長たるを示して輝いたという。



一族の命運かかる激戦の最中、
前の長は
深い矢傷を負い
膝を折った。

激しい雷雨に
あやめもつかぬ闇に
敵も味方も混迷の中にあった。



折しも
雷が閃き
天も地も照らし出される中、
踞る長を狙う幾筋もの矢が
放たれた。




そして、
一族郎党は
打ち揃って仰ぐこととなった。


もの凄まじき
青白き光の中に、
矢を薙ぎ払い長の前に立つ長身に蓬髪、
さながら戦の神が降りたかの姿を。


そして、
次なる瞬間
柔らかく戦場を包んだ
その長身から発せられる光を。




〝無益なり!!〟

朗々と響く声が
その光の中
戦場にある全ての者の耳に届いた。


耳から心へ
心から体へ

その場にあった者全て
その場に膝を折り、
己らを導く者も声に従った。




長の長子。
若冠15を数えたばかりの少年が
その剣を高々と掲げ
それを振り下ろした。


深々と地に刺さった一族に伝わる剣。
辺りを包む翠の光。
もはや敵も味方もなかった。



そもそも同族であった中に
密かに持ち込まれた争乱の種は
周辺より送り込まれた悪しき企みによるもの。


戦の種を持ち込んだ佞人は
その夜の明けぬうちに
逃げ去ったという。


圧倒的な力
絶対の存在



長は
長となった日から
一族を導く者であった。



長が座につくと、
深水が宣する。

「では、
 各々方、
 始めましょうぞ。」


周辺の情勢、
作物の今、
交易の便、
都の動き、
そして………長の婚姻。


今、
鷲羽の権勢は勢いを増し、
都のあれこれにも
無縁でいるは
難しくなっていた。




勾玉の光に
都を狙う定めを読む者も
出始めたここ数年である。


長は
特に妻を定めることなく、
求められれば応じながらも
独り身を通していた。


それを
また
遠大な謀と見る臣下もいた。



鷲羽は、
大きくなった。
長の指導力の賜物でもあり、
今の悩みでもあった。



「秋となりましたら、
 祝言と
 いたしましょう。
 都に新たな屋敷も作らせております。
 姫君も
 さぞ喜ばれましょうぞ。」

都進出を
誰よりも望む臣下である多田が
勢い込んで
語る。




そこまで来て
長は
ふと手を上げ制した。


一同は、
長の言葉を待ち
居住まいを正した。


「我は
 この勾玉のことが
 気になる。

 鷲羽は、
 勾玉の導きに
 ここまで進んできた一族。

 どうだ?」


「それはもう!
 私は
 今も15のあなた様のお姿を
 唯一無二の光と思って
 お仕えしております。」



多田が
再び
前に出る。

深水を越えて長に返答とは、
また
少々のざわつきが
一座に走った。


「深水、
 どう思う?」

長は
穏やかに一の人深水に
問うた。


「いかにも
 さようでございます。

 あの童の勾玉のことでございましょう。
 思案のいるところでございますな。」


深水の言葉に
多田が反論を試みようと
身を乗り出したときだ。


長が
突如座を立った。
相が変わっていた。


「呼んでおる。
 我は行かねばなるまい。」


胸に零れる翠の光が
評定の間を照らす。


一陣の風の如く
出ていった長の名残に
廊へと繋がる口には
帳が揺れる。



「いやいや
 勾玉も大事ではありましょうが
 都に築く栄えこそ
 鷲羽のこれからを支えるもの。

 長にも
 姫君のお相手を今少し熱を入れていただきたいのじゃが。」


脂ぎった体を
崩した足でごろんと支え
袖で顔を扇ぎながら
多田がこぼす。


「何事も
 長の導くまま。

 先ほど
 そう仰有られたばかりでは
 ありませんか。」

深水は
それを受け流し、
座を立った。


あの童のところだ。
波乱の予感に
胸をざわつかせながら
深水は考えていた。


勾玉は二つとなった。


対の勾玉は、
今、
この鷲羽を
何処へ導こうというのだろう。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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