この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




婢が
衣を捧げて
室に入ってきた。


「あの木よ。
 母者がな
 植えて下さった。

 我の身の丈をの
 刻んでおる。

 見ていただこうと
 思ってのう。」





長は
庭の一隅を指差していた。


誰に?
誰に語っておられる?





長の指す指が
見下ろす眸が
そこに示す。




ただその思いに濡れて
ひっそりと
静まる小さきものを。



ひっそりと
ひっそりと
その小さきものは影すら感じさせない。


でも
そこに浮かぶ。
日の長が
語りかけている誰か。



愛しい

愛しい

長の思いに生かされるもの。



その
足先だけが
婢にも
見えた。



抜けるように白かった。
足指の一本一本までが美しかった。



言葉もなく
婢は
控えていた。



振り返り
長は微笑む。


「手数をかけるが、
 盥に水を頼む。
 汗を拭いたい。」





甲斐甲斐しく立ち働くは
鷲羽の者の常、
夢を見た思いに惑いながらも
婢は
すぐに立ち戻った。


盥に張った
清しき井戸水
添えた手布。




労われ
室を出る婢は
月が来て間もないころ、
ある一夜に見た夢を
思い出していた。




パシャ………

パシャン。

パシャ………

パシャン。


耳に
美しき夢幻の始まりが
よみがえっていた。


 月影に
 仄白く
 月の精が
 水を借りにきたか
 と
 惑うた夜。



 〝誰ぞ?!〟
 と
 声が響いたときには、
 この身は抑えられていた。


 首筋にあてられた冷たき刃より
 なお
 しんと冴え返る白き肌。


 夢中で口走った。
 
 〝お、お許しください。
 寝苦しくて
 涼んでおりまして………〟



 月の化身に抱かれたかの夢は
 消えていった。

 もう背を向けた化身は
 振り向くことはなかった。

 〝すまぬ………。〟


    その夢の終わりに
 微かな微かな甘い声を
 聞いた気がした。




室に、
長は、
月の手をとり
優しく立たせていた。


「盥に水を
    届けさせた。

    汗を拭こうな。」




月の肩から
夜着が滑り落ちる。

月は
目を閉じた。


「大事ない
   清めるだけじゃ
   大事ない」

長は
その耳に
優しく囁く。



その腕を

その指先を


その足を

その足先を



長は隈無く拭き清める。





「静かにの」

長の手が
その股にかかる。


月は
網に掬われた
鮎のように
びくん
震え
両の足を閉じようと
立ち尽くしたままに涙を零した。



長は
そっと前に回り、
自らの袖先を裂いた。


ビリッ
いう響きに
月は
濡れた眸を開いた。


長は
その布を
そっと月に示す。

そして、
ぎゅっ
自らに目隠しをした。





「さあ
    月よ
    我には
    何も見えぬ。
    

    開いておくれ。

    望まぬなら
    目を閉じて清めよう。」



ひざまづく長の
端正な顔に
目隠しは
その意思を端的に示していた。

  望まぬことはせぬ

  苦しませることはせぬ




静かに
己を待つ男は
微動だにせず
涼しげに
ただ待っている。



月は
深く息をついた。



その足に
長の手がかかる。




開かれた秘所から
さっ
花の香が匂い立った。




愛らしき穂も

固き蕾も

長の手に預けられた。




「もう
    よいか?」


清め終えた長は

静かに月に問うた。




細き腕が伸びる。

シュルン………。




目隠しは
そのか細き手に外された。



長は
ゆっくりと
眸を上げた。




陽光に
隈無く照らされて
さながら光の化身のごとき姿が
目に映った。

そして、
真っ直ぐに己を見詰める眸の光は
なんと強いのだろう。


思わず息を呑んだ。


「月よ
    お前ほどに美しきもの
    我は見たことがない。

    世に類いなき美しさを
    こうして見ておる。

    我は果報者よ。」


その言葉は
長の思いのままだった。


長は
そっと両の腕を伸べる。
月は
その腕に身を預けた。



長は
宝をいただくように
その裸身をかき抱いた。


「月よ
    そなたは花の香りがする。

    大事にする。
    大事にするゆえ
    怖がらないでおくれ。」



月の震えに
長は
見る。


己に怯える月を見る。


長の言葉に
月は
沈む。


恋しい思いに
月は沈む。


再び流れる涙に
長は惑う。

惑いながら月をあやす。

 大事ない
 大事ないぞ





声なくて
降りつむ思い


伸べる腕に解いた目隠しは
はらり
床に切なく落ちる。



恋しい

恋しい

恋しい


優しき片袖よ
どうか
思いを伝えておくれ。





イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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