この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




トントン

トッ
トン…トントン


鬱蒼と繁る葉末から
ポタポタと落ちる雫が
優しき音となって
屋根を叩いていた。




  明け方の襲雨は
 轟音となって響き渡り
 月を目覚めさせた。


 息を引く音に
 長も目覚めた。


 闇に怯えるのか
 雨音に何かを重ねるのか
 少年は体を震わせて
 硬直した。

 〝われじゃ
  われがおる。〟

 その背を擦り
 長は気を発して
 少年を包んだ。


そして、
今があった。

少年は
仄かに揺らめく翠に抱かれ
静かにその腕に
身を預けた。

館を押し包む襲雨の中
ぽわん
と浮かぶ繭の中に
長は少年を包んだ。




そうして、
今、
長は考えていた。

この翠は
己の何を受けて輝くのだろう。



 
〝この胸から
 自然に湧き出づる思いじゃ。
 愛しくてならぬ。
 血を分けた弟がおれば
 かくもあらん。

 我は家族の縁の薄い男。
 これは、
 神の下された弟なのだろう。〟





夏の夜は短く
閉じた雨戸から一条の光が
差し込む。

日の時間が始まった。

そっと身を離すと
細い指が
未だ闇にある床で
己を求めて胸にすがる。


その指を握り
髪を撫で
囁く。

「ここにおる。」



握った手に
思わぬ熱さが胸を満たした。

〝愛しんでやりたい〟



その指を口に含み
その髪を己の手に巻き
その細腰を抱き寄せたい。


狂暴なほどに滾る思いに
長も惑う。



〝馬鹿な………。〟

突き上げる衝動を捩じ伏せるように
胸に呟き、
長は
そっと床を離れた。



日の力の強きことよ。
一条の矢は
既に部屋を薄明るく浮かび上がらせていた。


カラリ
カラカラ


戸を開け放てば
部屋は光に満ちた。



床にある月が
あっ
その顔を背け
夜着の前を合わせる。



〝伽を
 お申し付けください〟

出会った夜の
気丈な言葉が嘘のように
羞じらいに満ちた姿が
長を揺らす。



どくどくと
欲情が
腹の底から責め上げた。




〝哀れと思うが
 囚われる始めと
 申しますからな。〟


深水の言葉が
己を戒めるように
脳裏を駆け巡る。


ふうっ
長は深く息を吸い
そして、
吐いた。





「晴れたな。
 ひどい雨であったが
 よい日和となりそうじゃ。」

明るき声に
長は
己の闇をねじ伏せた。





日の長よ
導く者よ
一族に慕われる豪放磊落な長が
そこに在った。




優しく床に戻り
月を抱き起こす。


見上げる頬に
幾筋も残る涙の跡を
長の指が
優しく拭った。




腕に抱いた月の体は
痛々しく硬かった。


「大事ない。
 ここにおる。

 大事ない。」


怖がっておるのだ。
怖がっておる。




長は
己の欲情が収まってゆくのを
静かに確かめていた。


〝大切にしてやりたい〟


ただ
その思いが
月を抱いた己の胸を
満たしてゆく。




何に怯えているのか
何を求めているのか



少しずつ緩んでいく体を胸に感じ、
ほっとしながら
長は愛しさが胸を痛くすることを
学んでいた。



………………痛い。
まるで、
矛で抉られるように痛い。

それでいて
その痛みは甘かった。



鳥の囀り
蝉時雨



日は
天にあり、
その光は鷲羽の地に
新たな一日の始まりを告げていた。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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