小景 優しい鎮魂

NEW! 2016-10-05 22:33:29
テーマ:黒猫物語

この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





傍らに
小さな頭が覗く。


布団から
肩が覗かぬように、
男は静かに肩口を押さえ
布団を抜ける。


〝僕……幸せだよ。〟

振り向いた笑顔が
冬の陽に照り映えた。


山一つ越えれば
そこは海だった。






〝大好き!
大好きだよ!〟


微かに届く海鳴りを背に
その音から庇うように
抱き締めた胸に
少年は囁いた。


目の前にない
誰もいない海に
海辺を歩くほっそりした女の影が
浮かぶ。



〝あなたは寂しいのよ〟


優しい微笑みが
眩しかった。


〝寂しい狼さん
だいじょうぶよ。

一人にしないから。〟


その声に
幻の潮騒が
優しく被る。




腕の中の少年は
その細い腕で
自分を抱き締めていた。


〝大好き

大好き

ずっと一緒だよね

約束したよね〟



布団を抜けて
テーブルに置かれた酒を
男は注ぐ。




遠く鳴る潮騒が
甦る。




女の優しい腕が
男の頭を抱く。



男の目から涙が溢れる、


〝すまない〟


女は返す。

〝だいじょうぶ〟




男は繰り返す。

〝すまない〟



女は
優しく
男の背を撫でる。



〝だいじょうぶよ

もう
一人じゃないでしょ?〟


男は
女の胸に身を預ける。


〝すまない〟


優しい思いに
涙は溢れ
女の胸を濡らしていく。




〝寂しい狼さん

もう
一人にしないから。

そう言ったのに
ごめんなさい。〟


見上げる男に
微笑みが
返される。



〝す……まない〟

涙声に
返事は甘く
とつとつと返る。




〝ばかね

もうだいじょうぶ。

あなたは
もう
愛せるわ。



あなたは
もう
愛してるのよ。




私は
あなたに
愛をあげたかったの。

私はあなたを愛してあげた。

でもね、
あなたが愛した方が
いいのよ。

愛せる人は
孤独にならないの。


あなたは
愛してるわ


愛してるわ


愛してるわ


私は…………幸せよ。〟



ふと
少年が
男の名を呼んだ。

〝サガさん……〟


夢現に名を呼ばれ、
男は
馳せ寄る。


枕元に膝まずき、
おろおろと
その寝息を窺う。



息をしている。

息をしている。

寝息は安らかだ。



ふー

男は長く息をつく。



もう
あなたは
だいじょうぶよ


「愛している」

男は囁く。

〝そうよ〟

女は添える。


「愛している」

男は少年の髪を撫でる。


〝そうよ〟

女は添える。



ぽっかりと
少年が
目を開ける。


男の顔を見て
少年が
跳ね起きる。


「どうしたの?」


「なんでもない」


「何か苦しいの?」


「幸せだ。」


「何か悲しいの?」


「幸せだ。」


「だって…………。」


「幸せだ。

本当だ。」


男は
少年を抱き締める。


旅の始まりに
行きずりに
二人は
そこに
泊まった。


年の暮れ
慌ただしい世間を離れ、
二人は旅をした。



男の鎮魂の夜は
秘めやかに
優しく
更けていった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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