この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。



さあ
瑞月は出掛けたわ。
今日はマサさんもおいでだし、
心配はないわね。
私も
ちょっとお出掛けしましょう。


気になる二人を
見に行きたいの。

だからね
一眠りしなくちゃ。
念じてね
猫目石に入るの。


ほら
眠くなる…………。
光が見えるわ。


ここを抜けていけば
そこに
繋がっているはず。
誰かの目にね。





まあ
暑い。


真夏の日差しね。




ずいぶんと目の位置が低い。
身を屈めているのね。
木下闇にいる。



風がない。
じっとりした感じ。
でも、
梢が鳴ってる。
風はあるのよ。


えっと
ここ、
木と木がすごく近い。
二股に分かれて捩れた幹に
隠れてるんだわ。



幹にかけた手の
なんて華奢なこと。


巫に入ったんだわ、
私。

じっと
自分の手を見詰めてる。
もう一方の手が
やけに冷たい。


胸に抱き締めた。
ゴツゴツした肌触り、
これ…………刀の鞘?




キイッ
何か開く音。
木の柵とかね。

ズズ  ズズズズ  …………。
地面を何かが擦っていく。



あなたは
僅かな隙間に顔を近づける。


ああ
やっぱり彼ね。


白い服。
だいぶ慣れたけど、
ちょっとごわごわした感じ。
上着にズボンって
とこかしら。

着物の上半分みたいな上着が
腰のところでサッシュで結ばれてる。
ズボンは足首のとこtでキュッとしぼられてる。


海斗、
あなた、
最高に強そうよ。

その胸、
チラリ
と覗くアクセサリーが
ひどくセクシーだわ。


古代のあなたは、
優雅で野性的、
そして
溶け込んでる。


うらやましい?
あなた、
現代じゃ
浮くものね。


もう
この子は
あなたの虜になってる。

目が離れないもの。
少しは素直になってるといいんだけど。
……………………どうかしら。



刀を抜いた。
鞘は
腰に揺れている。

紐で吊るしてるのね。


両手で捧げもって
目を閉じる。


ゆらり
陽炎が立つ。

…………違う。
刀身が陽を弾いたのね。



空を切る切っ先
袖先が閃くように翻る。



足下は土。
乾ききった地面を
この人は滑るように動く。

上がらないわ、
土煙。



まるで舞いを見るよう。
剣の舞いね。



ぴたり!


止まった。
真っ正面に半身を向けて
彼は止まった。


一瞬サッシュが舞い上がる。

そして
さのサッシュが
はらり
落ちる前に

目の前を刃が飛んでいくのが………見えた。



この子、
本当に投げた。

いつの間にか
二股に割れたその枝に
乗っている。
息が浅い。

浅くて荒い。
汗が滴る。
頬を滴る。

頬を…………涙が流れ落ちる。


ザクッ
鈍い音が耳元でした。



そして、
男の体が目の前一杯に
広がっている。



胸はゆっくりと
息づいて動いている。
筋肉の一筋一筋までが今は目の前。
勾玉が揺れる。
翡翠の翠がその胸に揺れている。

ああ
本当に海斗、
あなたね。


「動くな!」

鋭い声。

血…………?
血の色が目に飛び込んでくる。
この短刀、
さっきこの子が投げたものだわ。


二股の捩れた幹に
この子を縫い止めた短刀の切っ先を
逞しい手が握っている。


血は
その手から滴っている。
魅せられたみたいに
この子は
その血から目を離せない。


「じっとしておれ。」

優しい声が私たちを包む。
海斗、
あなた、
ちょっと女殺しかもよ。


もう片方の手で
短刀を抜くと
脇に投げ捨てた。


「どうか
 この命お召しください!」

呪縛が解けたみたいに
この子が叫ぶ。


やれやれ
素直になってないじゃないの。
海斗、
しょうがないわね。


キャッ
落ちる!!


枝から落ちかけた体は
ふんわりと
抱き止められた。


そのまま
抱き上げられて
飛び降りる。


そっと木陰に下ろされた。
あ、
ここは風が通るわ。
涼しいわね。
ありがとう。



「大人しくおし。
 怪我はないか。」

そう話しかける海斗を
じっと見上げたかと思うと、
この子、
自分の袖を引きちぎった。


「お手を!」

まだ血は溢れてる。
ほんと、
怪我してるのはあなたよ、海斗。


いきなり
血まみれの手が
目の前に近づいて
そっと頬に触れた。

「お前に
 傷一つつけたくはない。
 怪我がなくてよかった。」






この子は口がきけなくなった。

「お前も
 勾玉を身に付けているのだな。
 黒とは珍しい。」

そっと
海斗の手が勾玉に触れた。
これ、
黒いけど…………きっと!


この子も
つられて勾玉を見てる。


「この黒は穢れです。
 お捨て置き下さい。
 母を死なせて染まった穢れでございます。」

海斗の血まみれの手が
そっと勾玉を包む。

「母者が与えたものか?
 それなら
 だいじょうぶ。

 母者はお主を守るために
 色を変えたのだろう。

 己の命を捨ててもと
 念を込めておられたろうさ。」


海斗が
そう言い終わったとたんよ。
梢がザワザワと揺れ始めたの。


「逃げよ!」
海斗の声がして、
私たちは突き飛ばされた。


顔を上げたときは、
木から湧いて出た
真っ黒な触手が
海斗を
捉えていた。


「長!!」

私、
全身が口になった気分だった。

この子の悲鳴が
闇をつんざいて響き渡った。



そしてね、
すうっと
勾玉が透明になっていったの。



生暖かいものが
頬に触れた。

この子は
びくん!
したわ。



〝月よ
 いい子だ。

 短刀を拾うのじゃ。〟


何なのこの声。
鳥みたいに高く響いたり
やたらに低く地鳴りみたいになったり


嫌な感じ。
拾わなくていいの。


でも、
この子は震えてる。

生暖かいものは
首から胸へと
まさぐるように下りてきた。




〝その男を突き刺せ。

 心の臓を抉り出しておやり。

 教えてきたであろう。

 お前の使命はその一事と。〟


しっかり!
しっかりしなさい!!

あなたは
長が好きなの!

もう
意地張ってる場合じゃないの!!



勾玉は
ますます光り出す。

ただただ透明な白色光が
辺りを照らし出す。




〝ほうれ
    母者もやれと
    言うておられる。

    まぶしい
    まぶしい

    ほれ
    仕方ないのう〟


ふわり
短刀が宙に浮いた。



〝ほら
    その男は
    動けない。

    わしが動けなくしてやった。

    さあ
    さあ
    さあお殺り!!


髪が
ざらり
ばらけた。

肩に流れ落ちる髪が
チリチリと
蒼白い焔を上げている。


結うていた紐は
黒雲に巻き取られた。

捧げた両手に
短刀が
乗せられる。

だめ!!
ああダメ!!


海斗は
もう
動けなくなってる。

目を閉じて
眉をひそめたあなたも
そそられるけど、
今は
それどころじゃないのよ。


ああ
足が止まらない。



もう
お願いだから

目を開けなさい!!



ぴたっ
足が止まった。


海斗…………いえ、
長の顔が見える。

まともに覗き込まれて
私は
ドキドキしてしまう。


「…………月というのか。
   美しい名だ。」

優しい声。
この子はどう聞いてるのかしら。

ただ
勾玉の光だけが
増していく。

「お主が無事でよかった。
    さあ
    俺の命をやる。
    お取り」


微笑んだ。
わかる。
私、
微笑んだ。


短刀が振り上げられる。
そして、
勾玉に吸い込まれた。


ううん
この子は自分の胸を刺した。
その刃が
勾玉に吸い込まれただけ…………。



カッ
辺りが翠の光に満たされた。



ぐわああああっ

さっきの奴かしら。
なんとも汚ならしい喚き声が
だんだん遠くなる。


遠くなる。


遠くなる。





クロチャン

クロチャン


黒ちゃん


黒ちゃん!



まあ
可愛らしいお顔。

私と目線を合わせてくれたのね。
畳にぺったり頬っぺたつけちゃって。



ワイワイ聞こえるのは
あなたのお客様たちの声かしら。


「黒ちゃん
   ただいま!
   あのね、
   すごく上手に滑れたんだよ。
   トムさんすごく喜んでくれたんだ。」


どれどれ…………。

海斗の声は
混じってないか。
そりゃあ、
すごく上手にできたでしょうね。

海斗も気の毒かも。


あなたも学びなさいね。
あなたの恋人は
あれで
本当に
色々と
我慢してるってこと。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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