この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




海斗が
お花の神殿に現れた。


お部屋拝見から戻ったばかりの御一行から
瑞月が飛び出していく。



「海斗!!」

大好き!!
わかる声は可愛いし、

ぴょん
腕にしがみつく姿も無邪気な子ども剥き出し。


うっかり
微笑ましいわ
なんて言いそうになるけど、
そうはならないわね。



海斗、
あなたのせいよ。



堅苦しい黒を脱げば、
印象は変わるものだわ。




無造作に着こなした白いシャツが
なぜか目のやり場に困らせる。
額に流れる髪が
いつにも増して野性的で
ドキンとする。


あなたは、
少し型を身に付けてた方が
いいかもしれない。


引き金はね、
ロックかけとくのがマナーよ。
ほら、
瑞月と並ぶだけでR指定じゃない。



「楽しかったか?」

しがみついた瑞月の顔を掬い上げるように
小さな頬を大きな手が包む。


左腕は腰に回り
流れるような優雅な動きが
素直な体を引き寄せる。




お揃いの白は
あなた方の毛皮かしら?
恋の季節を迎えた白狼とふわふわ仔猫。



絡み合って
肌を合わせれば
見上げる眸はあなたを呼ぶし
見下ろすあなたの眸は…………肉食獣にしか見えない。



「うん!」

不協和音は、
この安心しきった声ね。



キッチンから
咲さんが出てきた。
ケーキを出したときの割烹着は
もう外してる。


ピシッ
伸びた背筋は洋館を統べる女主人の威を
示し、
みんなの視線は
思わず
咲さんに向いてしまう。


海斗もね。


腕に瑞月を抱いたまま、
咲さんの視線を真っ向から受け止めた。



「総帥、
 御前が寂しがって、
 皆を困らせておられるそうです。

 ここは片付けて
 母屋に参りましょう。」

そして、
女主人は、
甘々のお母さんでもある。

視線が
瑞月に移れば、
蕩ける笑顔が零れ出す。



「おじいちゃんとご飯?」

大きな狼に捕まったまま
瑞月の声が
可愛らしく弾む。



「みんなで
    ご飯です。

    マサさんも
    西原さんも
    内々のお客様ですからね。

    賑やかなお食事に
    なりますよ。」

「わー
    今日は
    特別がいっぱいだね。」


海斗の腕の中で
瑞月は
嬉しそうに
部屋いっぱいのお花を
見回す。



海斗、
子どもには敵わないわ。
あなたの狼モードも
形無しね。




「御前にも
    瑞月ちゃんの顔を見せてあげなきゃ
   申し訳ない。

   私らだけで
   盛り上がっていたんじゃ
   拗ねたくもなられるでしょう。

   トム! 
   お前も一緒だ。
   気兼ねなくいこうな。
   無礼講だぞ。」



マサさんも
〝お客様〟の声で
揺らがない。


ぴったり抱き合った狼と仔猫。



見た目が危ないのは
変わらないけど
海斗にしっかり抱え込まれたまま
瑞月は自然に
〝みんなの子〟になってるわ。


これが
傍迷惑な二人のフツーなのね。
少なくとも
瑞月にはフツーみたい。




ピンクモードの引き金にロックがかかって
たけちゃんとトムさんが
ほうっ
息をついた。




R指定は解けて、
瑞月が
するりと海斗の腕を抜け出す。



「お昼だって!
    今日はお客様だから
    一緒だよ。」

小走りに
駆け寄る先は
トムさんね。




こっちは
大きな体を縮ませて
屈み込む。

抱っこはまずい。
機先を制して
手を握らせる構えで仔猫を迎えた。


まんまと
その手を引っ張らせることは
できたんだけど、
さっそく
屈み込んでくれたトムさんの耳に
瑞月は
唇を寄せてる。


また
〝内緒だよ〟
したのね。
海斗の顔が能面になったわよ。



おじいちゃんに
見せてもらった能面。
便利よね。
無表情のまま
あらゆる感情を表せるんだから、




トムさんは
観念して微笑んでる。
まさか
悟らせるわけにはいかないんだから
笑うしかない。



屈めた腰は
痛くないのかしら。
なんか
固まっちゃってるけど。




瑞月は
もちろん
にこにこしてる。



ニャー
〝ちょっと〟

鳴きながら、
瑞月の足に頭を擦り付けた。



「黒ちゃんも来る?」

ニャー
〝もちろんよ〟



「じゃあ、
    中の通路だね。
    黒ちゃん、
    いつも
    地下を通るんでしょ?」

まあ、
いい子ね。

私は
瑞月の頬に
鼻を押し付けた。


「あん!
    黒ちゃん、
    お鼻冷たいよ。」

可愛らしく肩を竦めて
瑞月が笑う。



「いや、
    外から行く。
    洋館の周りに
    警護の新人が配置されているはずだ。

    どんな様子か
    見ておきたい。

    林を抜けて行く。」


能面が口を開いた。
ちょっと
声が固くない?



やれやれ。



マサさんが
後を引き受けてくれた。



「ああ
    いい天気だ。

    お天道様に当たりましょう。

    猫ちゃんも
    たまには外の空気を
    吸うのもいいもんです。」


大真面目に言葉を添える。




咲さんは
マサさんを見てにっこりした。

「さようでございますか。
 では、
 外から
 参りましょう。」



私は
ぴょん
瑞月から飛び降りた。


玄関扉の前で
振り返る。

ニャー

〝さあ
    行きましょ〟





⭐豪

咲さんがドアを開けると、
黒がするりと
先頭に立った。



「黒ちゃん
   待って!」

瑞月も
慌てて追い掛けていく。




母屋への道を
小さな黒猫とその飼い主が
とことこと行く。




窓から見えた四人は
もういない。

トムさんが
何とか形にしたんだと思う。
海斗さんは
期待したのかな。


トムさんが動くこと。




誰かいるんだろうか。
気配を感じない。


耳を澄ませば、
新緑の林は
梢のざわめきと
鳥の声を聞かせてくれる。



いい天気だ。



〝お天道様が見てる〟
マサさんの
いつもの名言が
しっくりくる天気ですね。
海斗さん。



前を行く一人と一匹が
ひどく
のんびりと感じられる。



黒って、
不思議な猫だ。

首に付けた猫目石が
日差しを受けて
くるくると色を変える。


綺麗だ。
そして、
なんか何でも知ってるって感じなんだよな。

瑞月は黒に連れられて離れて行った。
こっちの声は
聞こえないだろう。




海斗さんは
瑞月を行かせたまま
回りを見渡した。


トムさんは
落ち着いて
報告した。

「林に入る外周に
    三人を下げました。
    30分おきに回らせています。
    指令室にその都度報告を入れるよう
    言いました。
    
    一名には
    洋館の待機場所で
    モニターを見せています。

    洋館周辺に限り
    集中させました。

    インカムは付けさせてますので、
    報告も指示も共有しています。」

海斗は
黙ってマサさんを見詰める。


「トムは働き者でね、
    素人くさい新人さんを見て
    飛び出していきましたよ。

   正解じゃないかと
   あっしは思いますが、
   どうですか?」



海斗さんは、
表情を動かさない。


トムさんは
期待に応えたのかな。
それとも、
がっかりなのかな。



「西原、
 気を遣わせて悪かった。

 見事だ。」


海斗さんは、
そう言い捨てて
瑞月を追った。




⭐黒

足の裏に
土が気持ちいい。
外も悪くないわ。


足音が近づいてくる。

ちょっと速足で、
近づくと
ゆっくりになって、
追い付いてしまうのを
セーブしてる。


お日様が
眩しいわ。


横を歩く瑞月は、
陽光を浴びて、
それは綺麗でしょうね。


庭を歩く瑞月を見るのは、
そんなにチャンスがないはず。


あなたは
うっとりと見詰めてる。


あなたを振り向く瑞月が
見たいのかしら。
それとも、
このまま
ただ見詰めていたいのかしら。


海斗、
あなたは
時々ひどく臆病になる。


自分が一番なことは分かっているのに、
臆病になるのよね。



母屋までは
ほんの僅か。

数分に満たない時間を
そうして
付いてくるあなたが
可愛いわ。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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