この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




「ぼく、
 叩くのって
 ……怖いんだもの。」

瑞月が
ポツン……とつぶやいた。




「瑞月、
 トムさんは
 違うよ。」

俺は
思わず口にした。

チガウヨ
チガウヨ
………遅かった。

瑞月の顔が白くなっていた。




誰と違うって
俺は言ったんだ?!


「ごめん……瑞月、
 ちがう…。」

俺が虚しく言葉を続けようとしたときだ。



「瑞月ちゃん
 おいで」

すごく優しい声がした。
瑞月が
ゆっくりとそちらに向く。


いつものカーキ色の上っ張り
いつもの級長さんの笑顔が
ベッドに腰かけて
瑞月を手招きしていた。



そろそろとベッドに近づいた瑞月の手をとって
マサさんは
瑞月を座らせた。




「瑞月ちゃん、
 トムに
 走れ!って言われて
 走ったろう?」


青いシーツに
白いシャツが映えて
一輪の白い花がそっと置かれているみたいだ。




瑞月は肩幅が狭い。
よくガリガリってからかわれてた。

ほっそりとしてて
儚くて
消えてしまいそうな姿に惹かれてく自分たちを
誤魔化してたんだろう。




あの瑞月のキスを賭けた戦いは
異常だった。
みんな、
欲しくてたまらなかったんだな。

冷たい綺麗なお人形を。



でも……みんなが
あいつらみたいな奴だったわけじゃない。
どう接していいか分からなかっただけだ。
ちょうど、
トムさんみたいに………。



今、
瑞月を見たら
みんな、
どうだろう。


無邪気に笑って
素直に手を差し伸べて
〝大好きだよ〟
って
言ってくれる。


守りたいって
思うんじゃないかな……。


〝走れ!〟
って
言ったら走る瑞月が
どれほど愛しいだろう。





「…うん。」

瑞月は、
もう
トムさんに言った言葉を
後悔してる。

頭が上がらない。
マサさんの胸にそっと寄せたままだ。



「それが悲しくて
 泣いてるだろう。
 トムが行かなきゃ
 お前さんは
 帰れない。

 そう
 たけるが言い出した。」

マサさんが
とうとう切り出した。




瑞月が
そっと俺を見る。
俺は
軽く手を上げる。

そして
頷いてやるんだ。



「……うん。」

瑞月が
ちゃんと頷いて
俺はほっとする。


まだ
瑞月の頭は
上がらない。
目が伏せられる。



カチッ
小さな小さな音がした。
ドアが少しだけ開いてる。



「俺らも
 そう思った。

 こりゃあ
 トムを連れてかなきゃってな。
 
 走ってくれて
 ありがとう
 って
 みんな思ってたからさ。

 誰よりトムが思ってた。


 瑞月ちゃんに
 一番に知らせたいのは、
 トムの走ってくれてありがとうだった。」


くいっ
瑞月が顔を上げた。

目がちょっと潤んでて、
さっきの光が
見える。

トムさんに
誓いのキスをしたもんな。


トムさん、
聞こえてる?


「……うん。
 もう分かってる。
 ぼく、
 ちゃんと
 みんなを守らなきゃならない時が
 きっと来るんだよね。」

瑞月は、
そういうの
マサさんに確かめるようになった。



「そうだ。
 だから、
 その時のために、
 瑞月ちゃんは自分を守らなきゃならんのさ。」


やっぱり
本物の大人って有り難い。

………俺は、
納得させることができなかった。
だいじょうぶ
だいじょうぶ
ってこと。

走ってよかったってこと。
生きててくれてありがとうってこと。




「うん。
 でもね、
 やっぱり、
 誰かが死んだりしたら嫌なの。」


すごく真剣な顔になった。
これ、
俺には応えられない。

まだ力が足りない。
守る力が足りないから……。




「だから、
 トムは部下を叱ったんだ。
 新米はまだしちゃならんことが
 分からない。
 あれはな、
 たくさんの仲間が危なくなるのを
 防いだんだ。

 瑞月ちゃんが走ったのも
 同じだ。
 みんなを守るには
 逃げなきゃだめな時は逃げる。」


マサさんが
声のトーンを変えた。
有無を言わさない感じだな。

瑞月は
魅入られたみたいに
マサさんを見てる。



「……うん。」

瑞月は応えた。


「声が小さいぞ。

 約束だ。
 このマサが、
 伊東さんが、
 トムが、
 たけるが、
 走れ!って言ったら走れ!!
 いいな?」

最後の一声が
瑞月の背を
ピン!
伸ばした。


「はい!」

な、なんか野原の真ん中で
ピョコン!
伸び上がったウサギみたい。



ドアが
遠慮がちに開いた。

瑞月の目が
入り口を向く。


トムさん、
着替えてきたその服、
私服じゃなきゃまずいけど
きちんとしてなきゃまずいって感じだよね。


びしっと
首元までボタンを止めたグレーのデニムシャツに
これ動きやすさ重視でしょの黒のパンツが
気を付け!
って
言われたみたいに直立してた。



そして、
瑞月は飛び付いて行った。

「トムさん……
 大好きだよ!」


真面目な犬のお巡りさんが、
泣かせちゃった迷子の仔猫に
一生懸命謝ってる図が
展開する。


「怖がらせてごめんよ……」
とか
「ありがとう……」
とか
モゴモゴ言いながら
抱きついてきた瑞月のどこに手を置くか
迷ってた。


トムさん、
瑞月、
しがみついてぶらさがるの得意です。




手を添えなくても
落っこちません。
鍛えてます。


甘えるのも
スポーツも


「たけちゃん!
 ぼく、
 ちゃんと分かってるよ。
 違うものは違うよね。」


ほら、
俺も慣れてるでしょ。

四年間
ぶらさがるのも
ぶらさげるのも
お互いに鍛えてきたんです。


瑞月の背を撫でながら
俺は考えた。




ほっとした。
俺の失言も含めて
マサさんは優しく包んでくれる。

なんとか昼食は平和に始まる。

プレゼントタイムまで、
あと少しだ。



「トム!
 新人チームは、
 あと三人いるってよ。」


マサさん!
やっぱり…………絶対面白がってる!!

イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。


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