この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




瑞月の手が
俺の手を握ってる。

階段が
このままずっと続くといい。

小さな柔らかい感触に
俺は
報われる。



     遠のく意識の中で、
     お前を逃がすことしか
     頭になかった。

〝走れ!
 走れ!!
    逃げてくれ!!!〟

    お前が
    キラキラと煌めきながら   
    光の中へ消えていくのが見えた。


    本当に綺麗で
    綺麗で
    俺は
    ほっとした。

     ほっとして
     目を閉じた。



この手を離したくない。
甘酸っぱい思いに
胸が詰まる。

天宮補佐は
今日の俺は客だ
と仰有ってくださった。



今日だけだ
今日だけだ
階段を上がる一歩一歩に
俺は言い聞かせていた。



「何かあるんですか?」

微かに
高遠の声がした。

繋いだ手には
何の変わりもない。
瑞月には聞こえていない。

俺は
耳を澄ました。



マサさんが笑った。
瑞月も
さすがに反応する。


「まあ、
    頼まれたことはあるさ。
    瑞月ちゃんの警護だ。

   豪、
   警護ってのは大切なんだぞ。」


警護……そうだ。
客と言われたって
守ることは変わらない。



今日は、
みんな気を張ってるはずだ。

これから
五月のイベントまで
しなければならないことは山積みなんだ。

高遠は気のつく奴だ。
マサさんが
瑞月の部屋を見るには、
それなりの意味があるかもしれない。




「マサさんも
 トムさんも
 いるんだよ。

 ぼく、
 心配してないよ。」

瑞月の声が可愛らしく宣言する。
高遠は、
瑞月を宥めるように頭を掻く。




トムさんもいるんだよ

トムさんもいるんだよ

トムさんもいるんだよ


俺は本望だ。
そっと繋いだ手に力を込めた。

瑞月が俺を見上げて微笑むと、
俺の手を引いて
また階段を上る。

もう、
踊り場を過ぎた。
階段はあとわずかだ。




⭐瑞月

「青か。
    瑞月ちゃんに
    よく似合ってる!」

マサさんが
お部屋を見回す。

ぼくのお部屋は水色なの。
水色の壁紙に
濃紺のカーテン。


〝青のお部屋ですよ〟って
咲お母さんが言ってた。



「うん!
    寝てるとね、
    海に浮かんでるみたいなんだよ。」

ぼくは応える。


「どれどれ、
 まず、
 その眺めを見ようかな。」

マサさんが
カーテンに向かう。
白のレースがゆらゆら揺れている。

お客様が来るから
空気の入れ換えしてたのかな。



ぼくのお部屋
すごく綺麗なんだけど、
ぼく、
あんまり使ってない。



ちょっと
もじもじしちゃう。



お勉強は
たけちゃんと一階でしてたし、
武藤さんが出張に行っちゃってからは
海斗のお部屋で海斗としてる。
ここでしたことないんだ。


夜もね、
このお部屋では寝てない。

可愛いベッドなんだけど、
喘息で倒れちゃったときしか
使ってない。




ぼく……海斗と寝るんだもの。


海斗がね、
ぼくを愛してくれるから
大きなベッドでなくちゃだめなの。
海斗は
とても大きいんだもの。




だからね、
ここは、
お着替えしたり
お勉強道具取りにきたりするお部屋。



でも、
ぼくのお部屋なんだよ。
最初の日にね、
海斗が言ったんだ。

〝人魚姫〟って。

ぼくは、
水色のお部屋に住む人魚姫なんだって。





⭐たける

「ああ、
 丘が見える。

 林が綺麗に緑だ。」

マサさんがカーテンを開いた。
辺りを見回して
満足そうだ。



「海斗がね
 朝
 丘から
 走ってくるんだよ。」


瑞月が
手摺から乗り出すようにして、
丘を指す。

こらこら


俺は右、
トムさんが左に
さりげなく瑞月を捕まえに入った。


「俺も走ってるんだぞ。
 気づいてないだろ?」

トムさんが笑う。

「ごめんなさい。
    みんな同じで
    見分けつかないんだもの。

    海斗は先頭だから
    分かるけど。」


ちょっと嘘ついたな。
海斗さんは
分かるだろ?


「いつも
 見てるのかい?」


マサさんも
にっこりする。



「うん!」

瑞月が
ぐるっと
周りを見回す。

お屋敷の敷地は
新緑に包まれて明るい。


「ここに来たころはね、
    冬で
    裸ん坊の木がたくさんあったから
    林の中まで
    見えたんだよ。」

ああ、
そうだったね。 
冬は終わった。

春は過ぎていく。
芽吹いたばかりの葉が
お日様を受けて薄緑に輝いてる。
ほんとに綺麗だ。


瑞月は
もう落ち着いた。

だから
毎朝
海斗さんは走ってる。

海斗さんを待って
お前は窓辺に立つ。



二人の時間
二人に見える風景を
俺たちは覗いてた。


…………海斗さんは
瑞月を
自分の手で守りたいんだろうな。
訓練を欠かさない。



「 緑がいっぱいになって
    今は見えないけどね
 ぼく
    海斗が走ってるとこ分かるんだよ。

 今だ!
 って
 思うと
    ちゃんと
 海斗が林を抜けてくるんだから。」


満面の笑顔で言うなよ。
自慢なんだな。
トムさんが
ため息ついてるぞ。


あれ?
ため息が聞こえない。



「なあ
    トム!
    ありゃ警護のお人かい?」

代わりに
マサさんの
のんびりした声が響いた。


洋館の壁際に
四人の男性が男衆のなりで
草むしりをしていた。



なんか…………そっくりだ。
お仕着せ着てるからかもしれないけど
姿勢よくて
草むしりしたことなさそうで
並び方が整列っぽい。


「すみません!!」

トムさんが
部屋を飛び出していく。




「いやー
    海斗さんにね、
    新人を訓練兼ねて配置するから
    様子を見てくれって
    頼まれたのさ。

    …………まあ、
    俺もトムもいるから
    いいけどね。」



四人が立ち上がった。
スーツ似合いそう。


警護って…………別に隠れてなくても
いいんだろうけど、
男衆の服着てるんだから、
隠れてたのかな。


トムさんが
なんか並べて話してる。


一人が
林の方を指差して
トムさんにひっぱたかれた。

ああ
カメラかな。

指差しちゃだめなんだよね。
防止はしてても
監視されてるかもしれないんだから。



「トムさん!
    叩いちゃだめなんだよ!!」

瑞月が
黄色い声を上げる。

トムさんが
止まる。




「何にもしてない人を
    叩くなんて
    だめだよ!!」

天使の説教は続く。

いや
何にもしてなくない。
危ないことしたら、
手っ取り早く止めなきゃなんない。




「トムさん!
    叩いたりする人
    ぼく、
  きらいだよ」



トムさんは
じっと俯いてる。

綺麗に刈り込んだ頭に
お日様が当たってる。




「すみませんでした!!」

わっ
でかい声。
トムさん、
いい声してるよな。

90度に
体を折って
トムさんが頭を下げた。


なんか
ごそごそ言って
四人を連れて洋館の角を曲がっていく。




「四人か。
    海斗さんは七人配置した
    と
    言ってなすった。

   あと三人は、
   何してるんだろうな。」


マサさんは
ニヤニヤが止まらない。

それでもフォローはしてくれた。


「あのな、
    叩かれた奴は、
    絶対しちゃならんことを
    やりかけたんだ。

    だから
    トムが止めたのさ。
    トムは
    理由もなく叩く奴じゃねぇよ。」


「そうだよ。
    俺にも分かったもの。

    ほら、
    うっかり触って
    火傷する前に
    手を止めるだろう?

    あんな大声で謝ってたしさ。」

ふーん
瑞月は
小首を傾げる。


「何が危ないの?」

「瑞月ちゃんは
    気にしなくていいことさ。

    餅は餅屋だ。
    トムはいい奴だ。
    任せといてやりな。」

瑞月は
こくん!
頷いた。




これか。
何かあるとは思ってたんだ。
新人研修ね。



きらいだよ
きらいだよ
きらいだよ

エコーが残る。



瑞月のプレゼントタイムは
午後のはずだ。

トムさん…………もつだろうか。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。


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