この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




⭐マサ


「あのね」

瑞月ちゃんが
こっそり耳打ちして教えてくれる。



小さな子どもの
内緒話は
〝あのね〟
始まるもんだ。


で、
「内緒だよ。」

で終わる。



つい今まで
トムの前に膝をついて
おでこにチュッとしていた瑞月ちゃんが、
くりん
振り返ったんだ。



何か思い付いたんだな。


そうして、
いきなり
膝ついたまんま
俺んとこに来ようとする。


思ったら、

パタン
両手をついて
四つん這いになった。
膝歩きじゃ
スピードが足りなかったらしい。




そんな可愛い顔で
そんな一生懸命に
男に
近寄っちゃならねぇ
って
説教したくなったよ。


せめて
立たなきゃ
瑞月ちゃん。



でも、
だめなんだな。



だって
夢中なんだから
思い付いたことしか頭にないし、
俺しか見ちゃいない。



無邪気って
いうけれど、
瑞月ちゃんにゃあ、
それじゃあ足りねぇ。


もう
ほんとに赤ちゃんのまんまの
綺麗な綺麗な魂が
突進してきた。



目は
俺を見たまんま
キラッキラしててな。

お口は
もう
何か話したくて
開いてるんだ。


〝マサさん〟って
見えるな。


うん
呼ばれたよ。
耳が留守だっただけだ。
留守にもなるさ。



瑞月ちゃんの顔が
ぐんぐん大写しになって
近づいてくるんだ。

こんな見物は
一生に何回もないさ。
価千金だ。
俺は
目だけになってた。





お留守の耳に
甘い息がかかって
我に返ったよ。




俺の前までサカサカっ
這い寄るなり
瑞月ちゃんは
俺の耳に口を寄せたんだ。


で、
「あのね」
だ。




内緒は内緒だからな。
内緒さ。



だがな、

内緒も何も
キスされてたトムも
見ていた豪も
この子しか見ちゃいない。



それでも、
内緒のつもりなんだ。
大真面目だからな。



子どもが真面目に言ってることは、
ちゃんと
取り合ってやるものさ。


「よし!
    内緒だな。
    約束だ。」

俺は
しっかりと
真面目に応えた。


「じゃ、
    指切りだよ。」


可愛い指が
ぴん
突き出され
俺は厳粛な指切りをした。





見下ろして
改めて
驚いたよ。



この子は、
笑っ俺よりずっと背が高い。
だが、
こうしてすり寄ると
俺の胸に収まる。

どんな魔法か知らないが
腰から背が
しんなりと
くの字に反ってる。



するとな、
細い細い瑞月ちゃんは
ふんわりと
俺の胸に収まるんだよ。
上も下もはみ出さない。



手は
俺の股ぐらに一本、
もう一本は指切りしてる。


これも
ほんとは説教したい。
分かってやってるなら膝詰め談判せにゃならんさ。


分かってないから
叱れない。




真っ白な
ふわふわの仔猫が
すっかり安心して
こんな危ない爺さんに
ぺったり身を寄せて丸くなるんだからな。


嬉しいよ。


俺は
あんたを守る。
そのために、
鷲羽を離れる道を来た血の末裔だ。





傷ついた赤子の無垢が
信じることで
花開く…………か。


瑞月ちゃん、
あんたは嘘臭かった伝説を
俺に信じさせてくれたお人さね。



海斗さんが
その折れた翼を
綺麗に綺麗に直したんだ。



トムよ、
まあ
ちょっとした試練くらいは、
お前も乗り越えなきゃな。


大した褒美も
貰えるらしい。

その褒美をもらうためにも
まあ
頑張れ。



海斗さんは
妬いてるんだ。



妬かれて本望です
って
くらいになってみせな。



⭐黒

「内緒って
    何だよ、瑞月。」


たけちゃんが
笑った。


何でも分かってる。
あなたは、
何でも分かってるのよね。


瑞月のことなら
何でも分かってる。



「な、何でもいいさ。
    内緒は内緒なんだ。」

トムさん、
自分のことってのは
分かってるわね。


瑞月、
分かりやすいったら
ないわよ。



「さあ、
    シフォンケーキです。
   召し上がれ。」


咲さんが
優しく声をかけた。


「わー
    ケーキ!!」

瑞月が
ぴょん
自分の席に跳ね戻る。



ほんとに
あなたの方が仔猫になってる。



お茶を楽しむ
四人は
また
お喋りに花を咲かせ始めた。


もう11時になるわね。


海斗は
何をしてるのかしら。
覗いてる?
ううん、
それはしてないわね。


見ていたって
防げるものじゃない。

あの背中、
なんか
手を打ってる感じだったのよね。


何だろう。
キスのヒートアップ防止は
咲さんだけで十分以上のはず。



「瑞月ちゃん、
    せっかくだから、
    瑞月ちゃんの
    お部屋が見たいな。」


マサさんが
のんびり
声を上げた。


にこにこしてる。

うーん
ほんとに〝いいお爺さん〟って感じね。


「いいよ!
 わー
 マサさんに見せたいな。
 すごく眺めいいんだ。」


瑞月は
もう
嬉しくて跳び跳ねそう。


「ぼく、
 こんなの初めて。
 ぼくのお部屋に
 ぼくのお客様だよ。

 すごーい!」


そうね、
一大イベントだわ。
楽しいわね。
わたしも嬉しいわ。
あなたが楽しいのが一番よ。




「よし!
 瑞月ちゃんの
 お部屋拝見といこう。」

マサさんは
ひょい
立ち上がる。



そんなマサさんを
たけちゃんの目がじっと見つめてた。




「お母さん、
 ぼくがご案内でいい?」

咲さんの腕を両手でつかんで
瑞月がお願いする。


今度は
咲さんの顔を見るのね、たけちゃん。



「いいわよ。
 今日は、
 マサさんに色々見ていただくように
 って
 総帥も仰有ってました。

 ご案内しなさい。」


咲さんも
瑞月の頭を撫でてにこにこする。

ふーん
瑞月のためになることには
違いないわね。
咲さんが笑ってるんだから。




片付けをする咲さんを残して
四人は
わいわいと階段を上がった。



「何かあるんですか?」

わいわい上がる一行の最後尾についたたける君が
そっと
マサさんに囁いた。


マサさんは
アハハって笑う。

瑞月とトムさんも
振り向いた。

たけちゃんが
ちょっと慌てる。



「まあ、
 頼まれたことはあるさ。
 瑞月ちゃんの警護だ。

 豪、
 警護ってのは大切なんだぞ。」


「いや、
 なんか、
 ちょっと気になって………。」

たけちゃんが
瑞月の手前
頭を掻いてみせ、
盛大に微笑んだ。


「たけちゃん
 心配性なんだからー。

 マサさんも
 トムさんもいるんだよ。
 ぼく、
 心配してないよ。」

瑞月が
たけちゃんに
めってする。



すごい建前ね。
〝警護は大切〟
ホントすぎて文句のつけようがない。


ねぇ
たけちゃん
とりあえず落ち着いて見ていましょうよ。
瑞月には大切なことみたいよ。
トムさんにも大切だろうしね。


で、
海斗には
ものすごく大切なことなんじゃないかしら。

なんか
そんな気がするわ。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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