この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




咲さんが、
キッチンから
真っ白なナプキンを両手に捧げもって
現れた。


「今日は
    無礼講です。

   床に置きますよ。」





クッションは
見事に瑞月を囲んで
山になっていた。



咲さんは、
くすり
笑うと、
俺を見る。



「たけるさん、
    場所を作ってくださいな。

    西原さんも
    お手伝いくださる?
    お客様なのにごめんなさい。

    マサさんは
    お待ち下さいね。」




それを聞いた瑞月が
ぴょんと
飛び上がる。

「こめんなさい!」

ごそごそ
クッションをどかし始めた。





すごく可愛い。
お前は
とにかく可愛いよ。


不器用な手から
コロコロ
クッションが転がり落ちるのを
ひょい
掴んだトムさんも
同じ感想だろう。




四年間、
ネクタイ結んでやって
家庭科の宿題で糸を針に通してやってきた俺でも
この可愛さに
まだ慣れていない。

不器用なくせに
一生懸命手を出しては手間を増やすお前が
俺は可愛くてたまらない。





さっさと
クッションを並べながら、
席順を考える。




向かいはマサさん。
右が俺
左をトムさんに譲ろう。




心臓に近い位置だし
瑞月は
抱っこすると左寄りに
頭を寄せる。

トムさんは左だな。
今日の主賓だ。





それに、
瑞月、
零すからなー。

右は
食べ物・飲み物あるときの
俺の定位置だ。





マサさんに
座ってもらって、
俺は、
トムさんに合図する。




トムさんは、
示されたまま左に向かった。

この人、
心臓の位置とか
考えてもみないんだろうな。
俺は
ちょっと感傷的になる。





俺はね、
考えたよ。
毎夜抱っこしながら考えた。


啜り泣く瑞月の
震える背中を撫でながら
考えた。





トムさん、
ほんとは、
あなたって
瑞月の一番苦手なタイプだったんですよ。

負けたことなくて
自信たっぷりで。




俺の思いには関係なく
トムさんは
せっせと
瑞月を座らせる。




「ほら、
 お尻のとこ
 ちゃんと乗っけて。」


世話を焼くのも
板に付いてきた。




クッション寄せて
瑞月の右手を
そっと自分の左手に乗せて
空いた右手でクッション支えてる。

目は
クッションの案配がどうかしか
見てない。





自分が瑞月の手を握ってたこと、
今気付いたでしょ。

一人で赤くなったり
青くなったりしてるから
丸わかりです。




座るのも
ずいぶんそっと座るんですね。



驚かさないように
驚かさないように

トムさん、
あなたは、
いつも気を遣ってます。

それは、
最初に、
瑞月を脅かしちゃったからですよね。





〝警護エリート〟のトムさんは
〝守る〟人になった。
お前を守る人になって、
そして…………本当に守った。





〝昏倒しなかったなんて
 オカルトだよ。〟
院長先生の声が
耳に甦る。

いや、
聞いたときから
離れないんだ。




体を駆け巡る薬物にも屈しない
強い強い意志の力で
あなたは
守った。

…………誰より愛しい
大切な天使を。




ほうっ
俺はため息をつく。




だから、
譲ってあげます。
抱っことねんねの左側を。

俺は、
飯時の右側
保父さんでいいです。





⭐黒


「あ、
 黒ちゃんも
 クッションいるよね。」

まあ、
いい子ね。

その膝に頭を寄せると
瑞月は
私を抱っこした。




真ん中の特等席の
さらに
特上の位置に私は陣取った。


羨ましい?
お若いお二人さん。
瑞月の膝よ。




マサさんを
真っ正面から見られるってのも、
なかなかのオプションね。

殿方って感じがする方だわ。
ときめいちゃう。




お姫様を守る剣客。
若武者たちが憧れる本物の男、
マサさん。
安心のオーラが
ここを居心地よくしてくれる。




海斗は
基本
守ることについては、
自分しか信じてないはず。

昨日の今日で
ここを預けたのは
トムさんにじゃないわね。
マサさんにってことか。




カチャ……。

「良いお茶が
 入りましたの。

 御前がマサさんに
 と申されました。」


咲さんが
すっと膝をついて
マサさんの前に茶碗を置いた。




「古伊万里ですか。
 香りに花を添える茶碗です。

 こんな爺いには
 もったいない。」

マサさんが
茶碗を両手で持ち上げて
笑う。




「お出しする甲斐のあるお方ですこと。」

そうそう
咲さんがいた。
補佐の仕事があるでしょうに。
瑞月の側に残したのね。
あ、
残ったって言うべきか。


咲さんが
決めたことかもしれない。




カチャ…………。

カチャ…………。

若い殿方たちには
コーヒーが置かれる。


いい匂い。
咲さんの淹れるコーヒーは
極上だと海斗が言っていた。





「あ、
 ぼく………。」

瑞月が
困ったように
咲さんを見上げる。

「瑞月は
 ホットミルクにしましたよ。」

うふっ
声に出して
咲さんが笑う。





トムさんの背筋が
クッションの上で
びくっと伸びた。




私は
けっこう耳にしてるけど、
トムさんは
びびったみたい。

聞いちゃいけない怖いものらしい。
甘い甘い
咲さんの笑い声。





咲さんも
ここを退くつもりは
微塵もないわね。


瑞月も心配だけど、
とにかく
話を聞きたいってのもある。
私もだもの。



いったい
どんな冒険をしてきたのかしら。
女としては、
あなたたち男を信じてはいるけれど、
危なっかしいとも思ってるの。


私たちのいないところで
何をしてるんだか。




恋する殿方の感覚は、
時限爆弾でもあるんだから、
ほんとに
聞いとかないと
何をするか心配でもある。




賑やかに
おしゃべりは始まった。


 なんて素敵な女の子。
 よかったわ。


 まあ、
 マサさんのお顔の広いこと。


 海斗ったら、
 こっそり見てたあなたが
 目に浮かぶ。

 まあ…………流石!と
 言っておくわ。

 守る
 守る
 そのために
 あなたは
 生きてるんですものね……。



咲さんも
考えてるかしら。

聞きながら、
この二人の今までを
私は
考えていた。





ふっ
瑞月が静かになった。


「どうしたんだい?
 瑞月ちゃん」

何でもわかってるマサさんが
優しく促した。


ふんわり焼いたシフォンケーキを
切り分けていた咲さんが
手を止める。


わたしは、
そっと
膝を降りた。




瑞月は
しっかり顔を上げた。

「あのね、
 ぼく、
 みんなに、
 ありがとうって
 言いたい。

 トムさんには
 たくさん
 たくさん言いたい。」



目がキラキラしてる。
あなたの肌は
上気すると透明感がすごいわ。

息を呑むわね。




瑞月はトムさんの手を握った。
そっと
頬にキスを贈る。


「ありがとう

 守ってくれて
 ありがとう。」

ちゃんと見上げて
瑞月は
言った。



今度は
うんしょって
伸び上がる。

おでこに
そっと
キスをする。


「あのね、
 ぼく、
 強くなる。

 強くなって
 みんなを守るよ。」


可愛くて
でも
凛としてて



クッションに
囲まれて
お膝をついて
自分よりずっと強そうな男に
キスを与える華奢な男の子。



守るって…………。



ちぐはぐなはずの情景が
なんだか
妙に神聖で、
私は
まるで何かの儀式を見てるみたいな
気分になった。



この子は巫だから?

ううん
違う。

そうかもしれないけど
違う。



この子は本気で守る気なんだ。
その本気が
キラキラ煌めいて
お部屋を聖堂みたいな厳粛さに
包んだ。



…………綺麗。
本当に
なんて綺麗なのかしら。


瑞月、
綺麗よ。



イメージ画はwithニャンコさんに
書いていただきました。



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