この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







洋館のドアが開かれた。


ドアを開けた男たちは
息を呑む。




一階フロアーは
花に溢れていた。


床に配された低い台に
花たちは
さんざめく。


館の中に
突如
花の森が現れたかのようだ。



「皆様、
    よくいらっしゃいました。

    西原さん
    今日のあなたは
    この館のお客様です。

    よく
    この子をお救いくださいまさした。
    母として
    礼を申し上げます。」


藤色の江戸小紋に
きりり
身を包んだ咲が花園の守り人めいて
脇に立つ。




守られるべき館の主は
ふかふかのクッションの山に
ちょこん
座っていた。


さながら
花の中の花が
そこにあるかのようだ。



取り立てて飾り気のない白いシャツは
その華奢な体の曲線を
慎ましく包む。

妖艶に目を奪われた昨日に
打って変わって
清楚な姿が
いじらしくも可愛らしい。

そして、

その小さな白い顔は
そのはにかんだ微笑みに
大輪の花と咲き誇っていた。




その美に唖然としながらも
男たちは
微笑みかける。


花が
それを
望んでいたから。
花は
愛されることも愛することも
学んでいた。


愛しい
愛しい
守るべき花が
そこにあった。




花の意思は
すべてに優先する。
その保護者たる花の森の王者にさえも
優先した。


森は
一頭の黒き狼を
その王に戴いていた。




その狼は
主の背後にゆったりと座る。


俊敏な力を秘めて
悠然と立てられた膝に
主は
その背を預けていた。


端正な顔は野生の猛々しさを秘めて
危険な香りを漂わせ
主の髪をかきやる優美な所作は
〝この花を守るのはこの俺だ〟
示しているようだ。




「いえ、
 とんでもありません。

 力及ばず、
 怖い思いをさせてしまいました。
 お許しください。」


三人の客では
一番背の高い西原だった。

もっとも小柄な老人に敬意を表し
決して
前に出ようとはしない。




母屋と洋館を繋ぐ廊下を抜けてきた黒猫が
咲の後ろから
するりと進み出る。


ニャー

西原の脚を
パタパタと
その尻尾が叩いた。



「黒ちゃん、
 トムさんが気に入ったみたい。
 ねっ
 たけちゃん。」


狼の腕の中で
花の精は
キャッ
キャと可愛い声を上げた。


「トムさん
 黒は
 ここでは古株です。

 俺より長い。
 良かったですね。」


高遠少年が言葉を添える。
年に似合わぬ
落ち着いた眸が
その
花を守り抜いた四年間を滲ませて
温かい。



「瑞月の守り役です。
 認められましたね。」

咲が
笑みを浮かべ
それを
高らかに認め、
西原は洋館に迎え入れられた。


警護の任を離れ
守る絆に入った青年は、
わずか一週間ほど前の契りに遅れ
新たな輪の中に
眩しげな目をして立っていた。


少年の
白い小さな顔は
花の中の花。


その花の眩しさに
ただ見とれていたとも見える。




ともあれ、
巫を守る女たちは
人も
猫も
西原を認めた。




狼は
ゆっくりと立ち上がる。


長身の王は
威風辺りを払う佇まいだ。

その威に向き合って
小柄な老人は
飄々と
自然体を保っている。


「マサさん、
 今日はよろしくお願いいたします。

 私は地下に籠ります。
 瑞月と離れるのが
 気掛かりです。

 我ながら
 臆病になったものだと
 思います。
 
 お笑いください。」


マサは
くすりと笑った。


「いや、
 昨日の今日だ。

 心配なのは
 あっしも同じです。

 呼んでいただいて渡りに船でした。」


少年の頭を撫で
王は
囁く。


「寂しくないな。」


「うん!」


王は
軽く会釈して
踵を返した。


大人クラスの
打ち上げが始まった。
巫の危機一髪の大冒険を語る声に
花の森は賑わう。


しばし勉強は棚上げで
巫は上機嫌だった。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



人気ブログランキングへ