この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




玄関に
瑞月が駆け出してきた。

まあ
はあはあしちゃって。
そうね。
おじいちゃんの部屋は
奥の奥の階段の下だもの。


囲炉裏のお部屋から覗く
わたしの前を
小鹿ちゃんみたいに駆け抜ける。


ぴょーん!

飛び付いたわね。
まあまあ
高い電柱だこと。
手足がついてるけど
硬直しちゃってるじゃない。


「瑞月、
    ただいま。」

声が震え気味よ。

セミみたいに
はりついた
仔猫のお尻に
ようやく
電柱が
おずおずと手を伸ばした。

そうそう
お尻を支えなきゃ
ずり落ちちゃう。


ふーん
トムさん…………ね。




「お帰りなさい!
    トムさん!!」

嬉しい
嬉しい!
嬉しい!!が炸裂した。

あっかるーい。


まったく
私の仔猫ちゃんは
どんどん変わる。


愛されて
愛されて
怖いものなしの翼をパタパタさせる天使が
抱っこのまんま
見上げて御挨拶する。


満面の笑顔なんでしょ?
見えなくてもわかる。
電柱さんが
真っ赤になった。




次は
おんりするかと思ったら
頭を傾げて
電柱の肩越しに挨拶していく。


「マサさんいらっしゃい!
 たけちゃん
 ありがとう!
 トムさん見ててくれて。」


挨拶された顔が
また
次々と蕩けてく。



「おう
 ちゃんと無事に届けたぞ。
 瑞月ちゃんが
 待ってるだろうから超特急だ。」

マサさんが
目を細めて抱っこの瑞月の頭を撫でる。



「病院の皆さんには申し訳ないけど
 マサさんが来てくれて
 助かったんだ。
 俺じゃ
 あんな無理はお願いできない。」

たけちゃんが
にこにこ瑞月の嬉しそうな顔を
眺める。



「海斗さんに
    頼まれてな。

    まあ
    こんなもんさ。
 まかせとけ。」

マサさんが
そっくり返る。


………瑞月を叱るのは、
女の役目かもね。

この甘々な男たちときたら、
この子にあんよが付いてるって
わかってんのかしら。




ああ
なんか玄関が狭い。
大型犬が二頭も並んじゃってて
マサさんは
なんかオーラが場所取ってるし。


瑞月、
あなた
周りに男が増えすぎかも。
そのうち
この玄関には入りきらなくなるわよ。


わたしが
覚えきれる程度にしといてね。
守る方にも準備ってのが必要なんだから。


このトムさんって人も
……任せていい仲間にカウントね。





仔猫ちゃんが
マサさんにつられて
笑い声を立てて……あっと笑いを引っ込めた。



「トムさん……

    ぼく、
    重くない?」

首に手をかけたまま、
トムさんを見上げて尋ねるの。

あら
ちょっと
上目遣いね。


「平気だ。
    瑞月は軽いよ。

    もう
    降りる?」


可愛いくて仕方ない
って
感じの優しい声が返される。


「ううん!
    トムさんに抱っこしてもらって
    嬉しい!」

そして、
あなたは
その首っ玉に
しがみつくのね。


開けっ広げの〝嬉しい!!〟
マサさんも
たけちゃんも
この
トムさんって人も
そのまま受け止めている。



18歳の男の子を
ここまで甘やかしていいかって問題は
あるけれど、


今は小学校と中学校を行ったり来たりしてる男の子って考えると
まあ
これでいいのかもしれないわね。



あるがままの瑞月は
なんて
可愛いのかしら。






「瑞月、
    洋館に戻るぞ。



いきなり
後ろから声が降ってきた。


ああ
びっくりした。
総帥様はお勝手口から
お入りに
なったみたいよ。



私の後ろから
ぬっと現れた海斗は
スタスタと近寄り
突っ掛けを履いて
玄関の三和土に降りた。


「海斗!
 トムさん
 戻ったよ!!」

瑞月は
抱っこのまんま
くりん
頭だけ回す。



海斗は
ものも言わずに
瑞月の脇に手を入れるや
トムさんからひっぺがした。



「キャッ
   やーん!」
可愛いあんよが
じたばたする。



うーん
歩いてる私を持ち上げたら
こんな感じかな。


そのまま空中で
くるりと返して
お腹から抱っこね。


「マサさん
    ありがとうございます。

   お手数
   お掛けしました。」


よじよじもがく瑞月を確保して、
顔の筋一つ動かさずに
御挨拶なさるのね、
総帥さん。



自分の胸に戻ろうと
ばたつくあんよ
可愛い抗議の声
複雑な表情のトムさんは
感心に
海斗の無表情には
全く反応しなかった。


うん!
偉いわね。



「おや?
     今日は
     トムに預けてくんなさるお話じゃ
     なかったんですかい?」

面白い獲物を見付けて
舌舐めずりする猫みたいに
マサさんが
反応した。


そうね、
面白いわ。

ニャー
私はね、
三和土に降りたりしないの。


玄関の板の間に座って
海斗の背中に
声をかけたわ。


〝ねぇ、
    どういうつもり?〟


だって
背中は正直なんだもの。

〝預ける?
 まさか!!〟



ま、
昨日の今日よね。
預けたいわけがない。



背中が
マサさんに向き直った。

「預けるのは
    警護にです。
    西原には休暇を与えました。
    
    西原、
    警護は気にしなくていい。」


あら?
笑ったの?
声に笑いが混じってる。


「ほんと?

    じゃ
    トムさん、
    ぼくといてくれる?」

瑞月が
キャーキャーする。



「ああ、
    俺は地下に籠る。

    警護は配置したから
    西原はフリーだ。

    西原が構わなければ
    相手をしてもらえ。

    どうだ、
    西原?」


すんごく甘い声ね。
あなたも
甘やかしチーム入り?

大きな肩が
瑞月を囲うように
包み込んでる。
最後の質問も…………優しい声だわ。



「ありがとうございます。」

トムさんが
びしっと背筋を伸ばした。
キャーキャー振り返る瑞月に
笑いかけてる。


そうね
殊勲賞は
あなたのものなんだから
海斗も譲ったのかもしれない……。


でも、
マサさんの
にやつきは止まらない。




「では、
 俺たちは
 こちらから戻ります。

 よろしくお願い致します。」

にやつくマサさんに頭を下げて
海斗は三人に背を向けた。

瑞月を軽々と抱いたまま
突っ掛けを脱いで板の間に上がる。




「トムさん、
 先に行ってるねー。」

瑞月が手を振り、
海斗はさらりと言った。

「風呂に入ってないだろ?
 臭うぞ。
 着替えてこい。」


勝手口に向かったみたい。
瑞月のお靴も
勝手口にあるのね。




残された三人は
微妙に静かになった。


「トムさん、
 そんな臭わないから。」
たけちゃんが
そっと声をかける。




マサさんは
なんか
クスクス笑ってるし、
海斗は
結局
瑞月を下ろさなかった。


ちょっと
目を離せない感じかな。
洋館に戻らなくちゃ。



〝トムさんにありがとうを言う〟


瑞月、
海斗は
あなたにリボンをかけて
貸し出した。


さあ、
どうなるかしら。

ちょっとワクワクしちゃう。






イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



人気ブログランキングへ