空蝉。




わたし、
現地に行かれる方に
メッセージをお願いしたことが
ございません。


何回か
個人的に
〝もっていきますよ〟
言っていただきながら
お願いできずに
参りました。




こうしてブログでは
〝大好き〟
〝愛してる〟
書けます。


なぜかは
わかりませんでした。
バルセロナのファントムの折りには
本当に
出掛けられる前日まで
〝いいの?〟
声をかけていただきました。




何となく
言葉を濁しながら
自分でも
なぜ気が乗らないのか分からぬまま
ご厚意に感謝しながらも
メッセージを託すことはしませんでした。



なぜだろう。
分からなかったです。
分からないまま
託すことが
できませんでした。





昨年
アイスショーの会場に設置された
カナダの羽生選手に
応援のことばを届けましょう
という
大きな箱がありました。




そっと入れました。
添えましたのは、
わたしが
名付けられた名でした。





なまえ
なまえ
自分の名前


たぶん
そこに私のストッパーは
あるのかもしれません。





空蝉は
繰り返し
繰り返し
思います。


もし
まだ娘のうちに
光君にお会いしたのなら
自分は違ったろう。


たとえ
ほとんど
来てはいただけぬ
そっと待つだけの毎日としても
自分は
違ったろう。


脱ぎ捨てて
そっと
離れる衣は


〝わたし〟を見ていただけたなら
胸に抱いた震える思い


ただ
行きずりの徒な思いに
置きたくはない
恋の純粋。



空蝉の衣は
美しい
思います。



図々しく
自分の思いに
お借りしました。

小さなぼくへ
お便りをしました。
自分の名を添えました。


届く
届く
届く名付けられた思いに
感慨深いものがありました。





ここに綴る
わたしの思いは
届くものかは
わかりません。


心を込めて書く名もなき思いに
空蝉の思いは
あります。




その人へ
思うとき、
わたしは名もなき思いに
身をひそめます。



ただ、
思いは
光輝くその人へ
キラキラと海を渡るものと
思います。


その
幾千幾万の金銀砂子の一つとなって
その人に降り注ぐ
名もなき優しい雨となりたく思います。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。

やーん