この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






☆海斗

土間と板の間
その境に
屋敷のみんなが集まる。




〝おやすみなさいませ〟
女衆が一斉に声を上げ、
板の間に上がっていく。




囲炉裏の奥に
俺たちの食事の間は移っている。

就寝の挨拶を終えると
彼女たちは
賑やかに
片付けに入った。





「お休みなさい」

咲さんが
瑞月を抱き寄せて頬にキスをする。
ずいぶん洋風になった。





〝お母さんがね〟
食事時、
弾んだ瑞月が
初めてアクセルジャンプに成功したときの話をした。


で、
〝お母さんがね〟

はっと止まった。




〝あの、
   あのね……。〟

言いあぐねて困る瑞月に、
じいさんにお茶を運んできた咲さんが
すっと膝をついた。


〝お母さん
   褒めて下さったでしょ?〟

優しく促す咲さんに
瑞月の笑顔が咲いた。


〝そう!
   そうなの!
   おでこにキスもらったよ。〟



盆に乗せたじいさんの湯呑みを
見事に水平に保ったまま
咲さんは瑞月のおでこにキスした。


〝素敵なお話のご褒美よ。〟


頭を撫でて
じいさんに茶を供して
咲さんは
何事もなかったように立ち働いた。






瑞月は
抱っことキスで育ったらしい。
結城さんも欧州の方だ。
瑞月は家族のキスに慣れているのかもしれない。




統合は柔らかく進んでいる。
優しい記憶も
知っていた習慣も
お前のものになってっきた。


高遠はもちろん、
西原の奴も
そろそろ家族ラインに入っている。





お前が知らないのは、
俺だろうか。
お前は俺とどう過ごすかは
教わっていない。




俺はどちらも知らないが……。






土間に下りる俺たち
板の間に残るじいさんに高遠。



咲さんの後ろから
じいさんが
しゃしゃる。


「瑞月ちゃん
   海斗がいじわるしたら、
   すぐに帰っておいで。」

余計なんだよ。


「そうですよ。
   いつでも戻れます。
   中の通路も
   もうわかるでしょ?」

止めてください。



「ぼく、
 平気だよ。
 おじいちゃん
 お母さん」


瑞月が俺を振り返る。
ここは笑うべきだ。
それはわかる。





「たけちゃん」

瑞月に呼ばれ、
高遠が板の間にひざをつく。

瑞月は、
当たり前に両手を高遠に伸ばす。

高遠に
抱っこされ、
おでこをつけて目を閉じるお前に、
俺はほろ苦い。






「おやすみなさい」
俺は頭を下げ、
勝手口に向かう。
一歩
勝手口から踏み出して
お前を振り返る。





土間の敷居は高い。
敷居の内側にぴたっと止まり、
振り返ってぺこりと頭を下げる瑞月の向こうに
咲さん
高遠
じいさんが見えた。



そっと引き戸を閉めた。







勝手口から
洋館への林に続く道が
母屋から洩れる光の輪の向こうに
ぼんやり浮かぶ。



「また
   二人だね。」

お前の手が
俺の腕にかかる。


温かなお前の体が
傍らにある。
それが幸せだ。





道子
お前が教えてくれた。
人は人といると温かいんだ。


俺は忘れていた。
今もその感覚はおぼろで、
頼りない。




でもわかる。




穏やかで優しい家族の温もりが

瑞月を包んでいる。

それなら、
俺は
瑞月に何を与えられるんだろう。





お前と腕を絡めて
林の中を歩く。



欲しい
欲しい
焼けつくほどに欲しいんだ。

そして、
こうして体温を感じると
俺は満たされていく。






お前が木の梢を見上げる。
ウフフと手を差し伸べる。
ホーホーと声が返る。




「海斗は
   王様みたいだって。

   森の王様だよ。」

お前は
くすくすと笑う。




「お友達か?」

俺は
お前の甘い声に酔う。



「うん!」


花を育てたあの人も
よく小鳥と話していた。
花園で微笑む美しい人には
花や小鳥が友達だった。





屋敷は林の中にある。

母屋も洋館も
木に囲まれ
小さなお友達はたくさんいる。



お前には自然なことが
一つ一つ
ひどく美しい。


俺は、
林の中を
天使と歩く。




「ぼくたち、
   今日は
   お風呂はいいよね。」

突然、
お前は
内緒話みたいに
こっそり手を添えて
耳に口を寄せる。




お友達に聴こえないように
お前は秘め事を
囁く。



天使は俺に欲情する。
そして、
俺はまた熱くなる。


ほしくてたまらなくなる。







☆黒

扉が開いて
パタンと閉じた。


二人が
キスを交わしてる。


黒い狼に
ピンクの花が蔦を絡める。
腕に
肩に
しなやかに蔦は伸びていく。




かすかな喘ぎに
ピンクの花弁は滑り落ちる。
剥き出しの白に
一枚
一枚
狼は花びらを捺していく。





白磁の滑らかさに
薄紅の花びらが揺れるわ。


狼が花に戯れる。
茎はしなやかに揺れ、
甘やかな喘ぎにまた揺れる。






漆黒の布に包まれた茎は
その衣を剥がれ
純白のほっそりした姿をあらわにした。


狼は優しくその白を広げる。
いっそ痛々しいまでに
広げられたそこに
その花の花芯はあるの。





剥き出しの己に羞じらい
花が啜り泣く。
なんて綺麗なのかしら。





花は震える。
何回も震える。


蜜をふり零しては、
花はしなやかに茎をそらす。


幾つもの花びらを散らし
暖炉の前の敷物に
絶え入るように静まる影。






狼が
そっと尋ねる。

「帰りたいかい?」

影は応えたみたいね。
私の耳にも届かない秘め事の応えを。




狼は
花を抱き上げた。
それは
あなたのものだから。


なんて綺麗なんでしょう。
階段を上がるあなたの腕の中に揺れる瑞月。
真っ黒な狼が大輪の花を抱いている。






今日は
きっと
いろいろと
必要だったのかしらね。
夕べは捨て猫ちゃんだったもの。


海斗、
その子は
どこにいても
あなたに帰ってくるの。


だいじょうぶ
危なっかしくても
そこはだいじょうぶなの。


綺麗よ。
本当に綺麗。
その子を咲かせられるのは
あなただけなんだから。



イメージ画はWithニャンコさんに
描いていただきました。


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