この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




電話の向こうで、
瑞月に負けずにフリーズしている兄さんが
手に取るように分かった。


やれやれ
やっぱりか。





こちらは、
仮設住宅の一室を
調査のためとお借りしての夜だ。



折り畳める金属の脚付きテーブルに
買ってきたカップ麺が
乗っている。


30分も前に
一番近いコンビニで買ったコーヒーは
もうぬるま湯だ。




使用期限を大幅に過ぎたプレハブ住宅。
殺風景なのは仕方ないが、
壁を見上げれば
幾筋もの黒ずみが寒々しい。

カビだ。

天井裏を見たら、
兄さんもぶっ飛びますよ。
さっき覗きました。
一面のカビでしたからね。




ああ、
寒い。

いいですか?
寒いんです。

持ち込んだストーブの暖気は、
部屋に溜まってはくれない。
4月とは思えない寒さに
こっちは凍えてます。



フリーズしそうなのは、
俺ですよ。
リアルにフリーズです。






「聞こえました?」

いかん。
ちょっと声が優しくない。
気温の低さが声の固さになってる。


まあ、
いいか。

発破をかけなきゃならないんだから。



気づこうね、兄さん。

思い焦がれた絶世の美少年と
やっと歩き出したんでしょ?
それが
一番
大事なことじゃないか。


ちょっとした冷気は
勘弁してもらおう。


しかも
そっちは
贅沢なお屋敷暮らしなんだからね。





「ああ。」

おや、
声は変わらない。



落ち着いた声は
要らないよ。
落ち着いてなんかいないんだから。


必要なのは行動です。




「咲さんから
   指令です。

   俺に15分いただきました。
   海斗さんが
   瑞月を回収できないなら
   15分後
   咲さんが出動します。

   もう2分経ちました。
   とっとと動いてください。

   瑞月がフリーズしてるんです。
   それで十分でしょ?」


さあ、
あなたにいただいた時間なんだ。
肝心なときに怖じ気づかない!

大好きって、
ちょっとコントロールが難しいけど、
大好きに戻れば
動けるはずですよ。





「拓也、
   ……すまん。
   感謝する。」



通話は切れた。





変かな。

切れた音を聴いても
俺は
じっと
スマホを耳に当てていた。




兄さん、
頑張れよ。


理屈は要らない。
要らないんだよ。



そんなエールを
考えていた。




うん
ちょっと暖かくなったかな。
ストーブにかざす手に
温もりを感じる。



さて、
と。


俺もスマホから
耳を離した。


こっちも
そろそろ動き時らしい。





この仮設住宅ってのは、
音が筒抜けだなー。


外に
砂利を踏む足音がしたと
思ったら、
どうやら来客らしい。


〝ここじゃ、
   落ち着いて食事もできないし、
   お礼に
   せめて夕食だけでも……。

   ね?
   兄さん。〟


〝いいけど、
   うちなんか
   ぼろだしなー。〟


〝ここよりいいよ。
   来てもらおうよ。〟




外の声が丸わかりだ。

杏ちゃん
ありがとう。
お兄さん
ありがとうございます。


ぼろだなんて
とんでもない。


気遣っていただいて
感謝します。

俺も
ちょっと
ホームシックみたいです。
家族の匂いに飢えてます。


ちゃんと
ここの生活を受け止めます。
でも、
今夜は甘えさせてください。


ちょっと心配な兄さんと
可愛くてたまらない弟を思いながら
ご馳走にならせてください。


ああ、
咲さんのキツーイ一声まで
懐かしい。


豪君、
君を思うと切ないよ。

君が
母屋暮らしを受け入れたとき、
俺にも分かった。



君は、
瑞月のために
また
何かを覚悟して引き受けたんだってね。



俺は
3人の切なさを思ったんだ。
君は
何を覚悟したんだろう。



5月になったら
君に会える。


楽しみにしているよ。
君の眠りが
今日も安らかでありますように。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。