この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





暖かい。


膝の辺りに

頬に

熱を感じる。



俺は
胡座をかいて
火の前に座っていた。



〝うわっ〟

声が上がらない。


俺は
俺に関係なく
乾いた小枝を折って
火にくべる。


見えるのは
火だ。


組んだ足は
白いごわごわした布に
包まれている。



俺は
突然とびすさった。

何だ
何だ?!

頭を下げたから
今度は土しか見えない。
固められた土の上に
俺は頭を擦り付けている。


「そは、
   あまりによそにやあらん。
   なおれ。」


み、水澤先生?!
担任の声が
頭上から降ってきた。




「はっ」

畏まった声が
ハキハキと出てくる。

俺の喉を通る声に
リアルは
実感だ。



出てくる声は、
確かに俺の声だ。
俺が入り込んでいる奴は、
俺の声をもってる。



俺じゃない奴の中で、
目も耳も
心臓の鼓動まで自分のものとして感じる。




勝手に混乱しながら
俺は思う。
〝会ってきておくれ〟

おじいちゃん!
会ってるけど、
俺は会ってないんじゃない?





顔が上がる。

見えた!




先生を期待して弾んだ気持ちが
静まっていく。



……違う。
似てるけど
年が違う。

この人は、
すごく年を取ってる。
おじいちゃんくらい年を取ってる。



黄色の寝巻きみたいな服。
草木染めとかかな。
首に掛けてるのは勾玉だ。
光ってないけど勾玉かけてる。



俺が着てるのは白っていうか、
素朴な感じだ。
飾りや染め物は身分が高いってことか。


俺は、
冷たい土に膝をついて、
先生の顔をした老人を見上げている。




こいつは、
俺なのかな。

老人を見上げるこいつは、
迷いがないみたいだ。
何か安心している。





皺が目尻に深くて
頬の色が黄ばんでる。


俺の前に屈みこんだ老人の手は
優しくて、
ちょっと弱々しい。




「定まりたるや?」


えっと〝決まったか?〟
だな。
この感じ、
水澤先生と変わらない。




先生は、
必ず、
考えさせる。


決めるのはそれぞれだ。




「よきところと。
   なれど、
   わがそなるや?

   よそつ郷より来し者、
   ふさわしからずともおもゆ。」



この俺は、
よそ者なんだろうか。




そうだな。
俺はよそ者だ。
…………海斗さんもよそ者だ。

拓也さんも
咲さんも
みんなみんな
よそ者だ。



瑞月は…………何だろう。


天使だ。
いつも、
天使なんだからって
俺は思ってきた。




よそ者を入れながら
鷲羽は続く。
〝よきところ〟は続く。




静かに静かになる。
パチパチ

火の粉が舞う。


老人の皺だらけの優しい手を
俺はじっと見詰めていた。

こいつの目を通して、
俺も
じっと見詰めていた。

天使とよそ者について、
俺は考えていた。




パチン!

スイッチが切り替わる。


俺は
カクン

押し出された。


静止画面が頭を占めた。


さっきまでの音や温もりが消えて
はぜた火の粉が
点々と
写真みたいに止まってる。





そして、
俺のいる世界は
切り替わった。






「鷲の衆は
   滅ぶわけにはまいらぬ一族。
   それを思うておりました。」


いきなり、
自分の声から始まった。
さっきより
ずっと分かりやすい日本語だ。



見える屋内の様々にも
見慣れたものが
入ってきた。



土じゃない。
板の間に
俺は座っていた。




濃紺の着物に袴。
袴の帯の感じは味わったばかりだ。
引き締まるな。



板の間に四角く組まれた木。
灰が真ん中の火から木を守ってる。
囲炉裏だ。


畳じゃないけど、
藺草で編んだ丸い座布団に
俺は座っていた。





先生は少し若くなった。
田舎のお爺ちゃんくらいかな。
六十歳前後みたいだ。



少し白髪混じりの髪は
頭の上に細い紐でぐるぐる束ねられて
ポニーテールみたいだ。
ちょんまげじゃないんだなー。
頭を剃ってない。





時代劇みたいな灯りは、
油に芯を入れて灯されている。
薄暗い部屋の中に
油の匂いがする。





俺は真剣だ。
ちょっとドキドキしてる。
〝滅ぶわけにはまいらぬ〟
って
さっきより状況が切迫してるんだろうか。





「……滅びは定めやもしれぬ。
   黒き者共は去った。
   だがの、
   我らは魂を失うた。」


「失うたとは、
   思いませぬ。

   某は失うてはおりませぬ。」




魂を失うって
どういう意味だ?!

瑞月の顔が
頭を駆け巡る。


瑞月

瑞月!

瑞月!!





ああ!
また静止画面!!





小さな小さな灯明が
ふーっ

消えた。



真っ暗闇だ。



暗闇で俺は噛み締める。


瑞月が失われる。
瑞月が喪われる。
瑞月が死ぬかもしれない。




瑞月は巫。
闇と戦う光の巫。


それは、
本当に、
命を落とす可能性を孕んだ戦いを
意味しているのか。


じんじんと
脳が締め付けられるような闇に
幻のように浮かぶお前。




瑞月が……微笑む。
寮の部屋に帰り、
ベッドに腰掛けて、
俺を見上げる。


今日も
守ることができた。


その微笑みに
ほっとして
俺は幸せになった。


もう二度と失いたくないのに…………。

〝魂を失うた〟
その言葉が
俺を追い詰めていった。






〝そうとは
   限りませんよ。〟


え?
聞こえたものが
よく分からなかった。


〝高遠君、
   聞こえていますか?〟



暗闇に光が差すような
って
こういうことだ。


文字通りの暗闇で
その声が
俺を
今に繋ぎ止めてくれた。





〝先生ですか?〟

思わず声のした方角に
尋ねた。



そして、
絶句した。




 センセイデスカ?

 センセイデスカ?

  センセイ  デスカ?

  センセイ デスカ?




俺の声じゃない。
綺麗な透き通る声は、
山道を導いてくれた声だ。




〝はい。
   しゃべっているのは、
   高遠君ですね。
   
   見えませんか?〟


先生の声が
より優しくなった。




〝見えません。〟

可愛すぎる声に
いたたまれない。





ポーン


先生が
ピアノを響かせる。




音楽室か。

手に感覚が甦る。
冷たいピアノの縁に
手は置かれているようだ。

俺は尋ねる。




〝先生も
   見ていたんですか?〟

〝はい。
   まず
   居心地が悪いですね。

   可愛らしい声だ。
   君も落ち着かないでしょう。
   困ったな。〟


 コマッタナ

 コマッタナ

可愛らしい声が
今度は
頭の中で繰り返す。



ストン

俺は落ち葉の山に
転げ落ちた。




木下闇から見上げる梢が
木洩れ日にきらめく。
ああ
綺麗だ。


胸いっぱいに空気を吸った。


背中が
柔らかな落ち葉に沈む。
少し冷たい。
高い枝から枝へ小鳥たちが飛び移っては
鳴いている。


俺を警戒してるのかな。


仰向けになったまま
まず
俺の体を確かめる。




あああああっ


小鳥は
一斉に飛び立った。

よし!
俺の声だ。


俺は飛び起きた。


そして、
顔を突き合わせることになった。



  コマッタナ

  コマッタナ


可愛らしく繰り返す
おかっぱ頭の女の子。



肩にサラサラ広がる髪、
額にかかる前髪、
真っ黒だ。

絹糸を揃えたみたいに
真っ直ぐな黒。



真っ白な肌だ。
頬も真っ白でツルツルしてる。

鼻はつんとつまんだように顔の真ん中に
形よく収まり、
唇は真っ赤にポツンポツンと
二枚の花びらが
置かれているようだ。


その唇は
絶え間なく動き
オルゴールは鳴り続ける。


 コマッタナ
 コマッタナ


綺麗な着物だ。
毬の模様なんだな。
小さな女の子に似合ってる。


えっと
やっと会えたのかな。


「こんにちは」

俺は
膝をついて
女の子と向き合った。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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