この小品は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





海斗は
言い聞かせる。

「ちゃんと
   一人で最後まで読むんだ。

   質問はしない。
   いいな。」


瑞月の声は甘い。

「お仕事してて。

   ちゃんと読んでるから。」





細かな紋様が
落ち着いた深緑にしっくりはまる壁。
それが一面。



壁面にモニターが
一台設置されてる。
画面は何も映してないわね。
緊急用かな。

壁に向き合って置かれ
本が重なっていたデスクは
きれいに片付けられ、
PCと書類が整然と載っている。


拓也さんが提案し、
洋館で二人が過ごすと決まって、
咲さんは〝準備します〟と
宣言した。
咲さんの仕事に抜かりはない。
当たり前ね。




天井まで届く本が
読み込まれた背表紙に主の内面を映す。
それがもう一面。


こちらの窓際寄りに
大きな椅子にかけた瑞月が、
足置きに黄色い熊さんのスリッパを
ちょこんと揃えてる。

黒のぴったりしたパンツの
揃えた膝が
可愛いわ。



「可愛い。」

海斗が優しく囁き、
最後のキスは
優しく
互いの唇に捺された。



瑞月は
本を開き、
海斗は
机に向かって
危なっかしい二人の
新しい日常が始まったの。






時間は優しく流れてる。
まあまあ順調ね。

私は
どこにいるか?

デスクに丸くなってるわ。
広いんだから構わないでしょ。
書類は踏んでない。



海斗も
私が見えた方が安心みたいよ。
私は鼠当番なんだから。

大事な大事な瑞月に
また闇が入り込まないように
1日見張っていたいくらいでしょうけど
太陽には闇は見えない。

それはね、
私の目の仕事。
任せてね。




黒ジャージか。
スーツ姿以外のあなたは
基本が黒ジャージ。

変わらないわね、
狼さん。





瑞月は
一生懸命読んでる。
あらあら
お膝が上がって椅子に丸くなっちゃった。
面白いのね。
目はひたすらページを追っかけてる。


海斗がいるけど
何かに集中はできる。
恋を覚えた仔猫としたら上出来だわ。



変わったわね。
瑞月は
本当に変わったわ。


一瞬でも隙を見せたら
心の闇にさらわれて消えてしまう。
そんな儚さが消えて
ただただ可愛い。


海斗は物足りないかしら。
それとも
安心かしら。




腰までふんわりカバーした
タートルネックもピンク。
ぷっくり
柔らかそうな唇もピンク。

不似合いにどっしりした椅子に
仔猫の愛らしさは
アンバランスで刺激的。
物足りなくは……ないでしょうね。





海斗は
だいぶ気になってる。
見てるとわかるわ。


仕事は頑張ってるわよ。
凄いスピードで
書類が片付いてく。

でもね、
ときどき、
一瞬、
視線が下を向くの。





〝休憩させていいんじゃないか。
   様子を見てやるのも
   大切だ。

   質問したいかもしれない。
   聞いてやれ。〟

なーんて、
もう一人の海斗が
せっせと焚き付けてるのを


〝触れたいだけだろう。
   これからも一緒に過ごしたいなら
   我慢だ我慢。
   カナダと同じだ。
   触れようと思うな!〟

って
一生懸命
抵抗してるんじゃないかしら。



で、
スピードはますます上がる。
要は、
仕事が片付いたら
世話を焼こうが
抱っこしようが自由なんだから。





狼は
仔猫との時間を手に入れるべく頑張り、
仔猫は
狼といられる安心に丸まる。



基本はあまり変わらないものね。
悲愴感がなくなって
何よりよ。
ちょっと笑ってしまう必死さが
日常には相応しい。






「俺は終わった。
   質問してもいいぞ。」

とうとう来たわね。
振り返ることを自分に許せるときが。

優しく甘く海斗は話しかける。
ゆったり椅子に凭れて余裕を演出してるけど、
弾みは隠しきれない。




「うーん
   今
   面白いとこなの。

   ブリアン頑張ってるし
   ゴードンが心配してるんだもの。」


仔猫は
本から目を離さない。

ブリアンとかゴードンとか
本にお友達を見付けたみたい。





狼は
感心に
仔猫を抱っこはしなかった。


小テーブルに
咲さんが準備していったサイフォンで
黙ってコーヒーを淹れ、
もう一度
椅子に座り直した。






そうね。
じっくり鑑賞するのも
幸せな時間の過ごし方よ。



もう少ししたら
お昼を一緒に食べられる。
食べるときは本を閉じさせること。
これは躾だから取り上げていいからね。


二人で
楽しく食べられる。

もう
仔猫に食べさせるのは簡単なこと。
幸せな仔猫は
食べる楽しみを覚えてる。


だから
この新しい日常を
あなたも楽しみなさい。


ほら
あなたの仔猫は
なんて綺麗なの。

生きてる。
生きて楽しんでる。
生きて輝く美しさって
悪くないわよ。



イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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