この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





小さな和室に
小さな小さな老人と
小柄な初老の男性が向き合っている。


まだ炬燵の温もりが有り難い春の日に、
この小さな部屋に春を誇るのは、
甕に生けた桜だ。

床の間には
早瀬を見下ろす鷲が
この屋敷の強者どもの在り方を
示していた。



部屋のなかにも
はらはらと散る花びら。

春は
まさに花開き
次なる生命の息吹を
待ち受けている。



「いやぁ、
 思いがけぬことでなぁ。」

パチン
と駒を置きながら、
老人はのんびりと投げ掛けた。



「まさか、
 本当に巫が舞い降りるとは……ですかい?」


パチン
と初老の男が
落ち着いて返す。


老人の手が止まる。



「いや、
 待ったまった。」

慌てたように
その手が振られた。

「待ったはなし。
 あっしらの決まりでござんしょう?」

初老の男は
意気揚々に返し、
うーん
と小さな老人は考え込む。




暫しのときを置き、
老人は言葉を継いだ。

「長もじゃよ。
 海斗はなぁ、
 生きにくい男でのぅ。

 わしゃ、
 道子さんが
 あの子を生かしてくれると
 これで、
 総帥の座はなんとか守れると
 最初は思ったんじゃ。

 それがなぁ……。」

しみじみとした声音に
初老の男も
静かに耳を傾ける様子だ。



「お亡くなりになったそうですね。」


「もう
 総帥を継ぐ者は
 現れないのかと思うたよ。」

二人は静かに黙り込む。



「巫……っすよねぇ。」

「巫じゃからなぁ。」

〝巫〟という言葉に
二人は声を落とす。




「見ましたよ、闇。
 人の形をもった奴。

 瑞月ちゃんを抱いてやがった。」

「瑞月ちゃんは
 日毎に巫になっとるよ。

 もともと花やら小鳥やらに
 近いお子じゃが、
 舞いがのう……神を降ろしとる。」

落としたまま、
噛み締めるように
言葉は続いた。





「……長ってことですねぇ。」

「長じゃのう。」

今度は〝長〟が重い。





「………今の時代ですからねぇ。」

溜め息と共に
悩ましげに男が切り出した。



「そうなんじゃよ。」

老人は
なぜか勢いづく。



「瑞月ちゃんは、
 まず無理。」

それを受けて
白髪頭をかきながら
男は眉をひそめる。




「海斗もじゃよ。」

またついてみせる溜め息は
なぜか楽しげだ。




「でも、
 まあ、
 お話は山ほど来そうですね。」

老人のウキウキを
男の言葉が煽る。




「あの朴念仁が
 どうするやら。」

クスリ
と老人が笑う。



「ご老人、
 瑞月ちゃんを泣かすおつもりですかい?」

ここまで聞いて
初老の男は
面を改めた。

声に籠る本気に
その男の修羅がふわりと匂う。


小さな春の和室は、
二人の間の張り詰めた空気に
瞬時凍った。



ふふっ

老人が笑う。

「長は、
 巫を魂とするそうじゃ。
 どう守ってみせるかのう。」



男が
静かに切り出した。


「鷲羽に闇との決戦が
 訪れるはず……とあっしは承知してるんですがね。」




老人がにこにこする。

「腕が鳴るんじゃないかい?
 裏の衆も
 ここからが戦い時じゃよ。」



すっと
悩ましげに男は姿勢を改める。

「委細承知しております。
 お任せください。」





頭を下げる男に、
老人は
意気揚々と身を乗り出す。

「老兵にも
 生き場所はあるもんじゃのう。」


受ける溜め息に、
なんとも言えぬ感慨が籠る。

「生きてるうちに来るたぁ
 思いませんでしたよ。」




老人は
どうもお楽しみがあるらしい。

「瑞月ちゃんも
 勉強。
 海斗も
 勉強。

 二人ともお勉強じゃ。
 女難なんぞ、
 軽い軽い。
 わしらは瑞月ちゃんを守っとればいいんじゃ。」


老人のお楽しみに
初老の男は苦笑いだ。


「まあ、
 今ごろお嬢様たちが
 お父上をせっついてるのは
 間違いねぇところでしょうがね落ち着いて。」


老人はうんうんと頷いた。



「そうじゃろ?

 どのみち来るんじゃ。
 だったら
 守りを固めれば済む話じゃよ。

 じゃがの、
 海斗が要なんじゃから
 海斗には苦労してもらわにゃ。
 瑞月ちゃんに実を伝えられる男じゃなきゃ
 話にならん。」



機嫌良く答え、
パチン

老人は駒を置いた。


「あっ…!
 ちょっとご老人、
 ずるいでしょう。
 待った!
 待った!!」


初老の男は
置かれた駒に目を剥いた。


「ふーんじゃ。
 待ったはなしの決まりじゃろ?」

老人は
あかんべえをして見せる。


白髪頭を振り立てて
初老の男は息巻いた。

「言っときますぜ。
 あんまり煽んないでくだせぇよ。

 ほんとに泣かせちまったら
 洒落にならねえ。」


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。


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