この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




勝手口を入ると、
純和風の土間には
甘い匂いが立ち込めていた。


「西原さん、
   ご苦労様でした。」


天宮補佐が
白い割烹着姿でにっこりする。


俺は黙って頭を下げる。

どこから見ても
上品な奥様の風情だ。
その実泣く子も黙る切れ者でおいでだ。
お姿から
この方を量ることはできない。


パタパタ

廊下の奥から
小さな足音が聞こえてきた。



浴衣にどてらに足袋。
どてらの袖を胸に合わせている。
小さな白い指先が
目に沁みる。


胸に手を組むのは
癖なんだろうか。

コートに覗いた指先に
俺はときめいた。
今度はどてらか。




小さな頭、
可憐な造作、
大きなどてらに小さな体。
胸に手を組みクンクンするお前は
罪なまでに愛らしい。







「すごく
   いい匂い」

うっとりと
お前は言う。



いそいそと
白いお皿に
生クリームをたっぷり乗せた
こんがり飴色のフレンチトーストをのせて
天宮補佐が
土間から上がる。


「さあ、
   ちゃんとお座りしない人には
   食べさせませんよ。」


優しいながらキリッとした声、
愛し子に向ける蕩ける眼差し。




すちゃっ

瑞月が囲炉裏端に座った。



お皿を見て
ふと
顔を上げる。


「ぼく、
   一人でいただくの?」


はっとした。

どきっ

するほど
小さな顔は小さく見えた。
小さくて
小さくて
消えてしまいそうに小さかった。



「総帥はお仕事です。」

お母さんは
言い聞かせる。




「…………うん。」

諦めに慣れてる……。
そう感じた。

〝トムさんいるー?〟

〝まだいるー?〟

繰り返し甘く交わした声に
違うものが
見えた。



「あの……」


俺は夢中で
天宮補佐に申し上げようとした。

総帥をお呼びしよう!
そう
思った。




「西原さん、
   一緒にいかが?」

するり

天宮補佐が俺に向き直る。


言いかけた言葉が行き場を失い
信じられない言葉が頭に入らなかった。

イッショニイカガ?





瑞月が
ぱっ

顔を上げる。




「トムさん、
   いいの?」

一生懸命な声。

嬉しくて
でも
不安そうで
目が…………。
俺を見詰める目が切なかった。




「ありがとうございます。
   ご相伴に預かります。」


こんな目で見られて
断れる奴は
人間じゃない。

たとえ、
甘いものがどんなに苦手でもだ。




   キャー
   ありがとう!!

愛らしさ満載だな。
可愛い。
可愛いよ。


微笑み返しながら考えた。


お父さんのこと
お母さんのこと

それだけじゃないな。
入院先の名前やら
無機質な身元保証人の名前。
そんな
そっけない記録に
ちゃんと読むべきことはあった。


寂しかったな、瑞月。
寂しいって訴えるのも
諦めちゃうくらい寂しかったお前が
今は見える。




ああ
頑張るよ。

甘々のフレンチトーストだな。

頑張るとも。



天宮補佐が
もう一皿を持っておいでになった。

「ちょっと甘過ぎかもしれません。
   甘いもの、
   だいじょうぶかしら?」


「はい!
   大好きです!」


囲炉裏端には、
瑞月が
待っている。

たっぷりの砂糖が
飴色にテラテラと挑戦的だ。

〝食べられんの?〟

食べてみせるとも。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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