この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





あそこに瑞月がいる。
それだけは分かるのに、
やけに遠い。


ぽつん

そこに瑞月は膝を折り、
氷に伏せた。





低音がゆったりとタン   タン   タンタンと
最初のリズムを謳い始めた。

パーカスがタッ タタタ タッ タタタ タンタン と
ボレロの開始を刻んでいる。


ああ
始まった。

思った瞬間に

その人は
瑞月の背後にいた。




見えない糸に吊られるように
瑞月はすーーっと上体を起こし
その人に身を預ける。


導かれ
立ち上がる瑞月は
その背後から前へと回るその人を追って
滑り出す。


見詰める眸が
潤んだように艶っぽい。


海斗…………

海斗…………




お前は優しく手を差し伸べる。
木管楽器の調べが
お前の吐息のようだ。



お前はそっと腕で輪を作る。
いとしい
いとしい
いとしいと
その輪に落とされるほほえみに
俺は
心臓を掴まれる。


いたい
いたい
切ないほどに痛く
苦しいほどに甘い。


お前は
その細い腕で
総帥を抱くのか。






艶めく

同じメロディーが
繰り返されるほどに艶めいていく。



ふうわりと
お前は宙を舞う。



ジャッ………。
着氷する音がそのまま弧を描くお前を
見詰めさせる。


俺は熱くなる。
どうにもならないほどに熱くなる。




お前を見詰めるのは総帥だ。
総帥がそこにいる。

その姿まで
俺には浮かぶ。



金管楽器へと調べは変わる。
…………………強い。


めまぐるしく足元は切り替わる。
すごく綺麗だ。
お前は足の速い獲物みたいだな。


ただただ捕らえたい。
焼け付くほどに滾る思いが
胸を満たす。
高遠…………お前はどうだ?




狂おしく繰り広げられる
二人の追いつ追われる姿が
波のように押し寄せる。


いつの間にか
弦楽器が奏で始める。
オーケストラのフルサウンドが
リンクを満たしていた。



舞い上がり
舞い降りて
ふっと両の腕が天へと伸びる。

そのまま
お前はすーっと身を反らし滑空するように
リンクを渡っていった。




深くしなる背に
その首が
小さな頭がつながる。


リンクの中央に
薄く笑みを浮かべ
お前が漂う。


圧倒的な何かがお前を捉えたかのようだ。



一瞬の恍惚に
俺は酔った。




もつれ合う高まりをそのままに
また足元はくるくると
お前を翻弄し
その崩壊していく何かが狂おしい回転を呼ぶ。

そして
ほんとうに崩れ落ちた。




余韻の中に
お前はひざをつき天を仰ぐ。
その顔は見えない。


見えなくてよかった。
見たら戻れそうにない。
瑞月………。




「すごーい
 すごいすごい
 感じちゃう!

 THEクライマックス!!
 これぞ求め合う二人よ
 愛は芸術って奴よねー」



ぶちっ




余韻は断ち切られた。


「音羽さん!!」


怒気満載のパパ。
いや結城先生が、
ドカドカ詰め寄ってる。



 デリカシーってもんが……
 テーマは愛でしょ?

 もう少し言葉を選んだら……
 愛は愛です!

 …………。

元気にやりあう大の大人。
なかなか見られない見世物だな。






……眼鏡女史
ありがとう。
あなたは
俺の感傷を
見事にから揚げにしてくれた。

ベンチコート渡してくれたときより
感謝は深い。





現実って戻りたくない。
でも、
戻らないとお前を守れない。


デリカシーなんか要らない。
無慈悲で優しい現実が
俺には必要だ。


瑞月は俺の宝だ。
そして
瑞月の宝物は総帥だ。




わずかに残った胸のうずきは、
仕方ない。
甘くて切ない思いは俺の真実だ。




「瑞月!

 戻っといで」

高遠が声をかける。
まったく平静だ。
さすが慣れてるな。



瑞月が戻ってくる。
褒められて嬉しそうだ。



俺も高遠に合流だ。
ジャージ着せよう。
風邪を引かせたくない。

守る。
守る。
俺のおまじないだ。




イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。


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