この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




リンクを回るその影を
私は追う。

シャーーーーーッ

スピードが上がる。



シャッ……シャッ……

かすかな余韻を残し
エッジがステップを刻む。



ジャッ…………ズザッ……。



すぐに立ち上がる。
こちらを向く彼の目の静かなこと。
いい目をするね。


「軸が残る。
 なぜかな?」

「止まろうとしてしまうんでしょうか。」

「終わるという意識が強いだけだ。
   一つのelementは終わるからね。

 次が生まれればいいんじゃないかな。
 終わりの一瞬に生まれるんだ。

 目を先へ!
   そこからだね。
 膝は体重を乗せて下がる。
   心は跳ぶ自分をイメージするんだ。」



彼は
再び回り
そして、跳んだ。



ジャッ…。


「お見事!」

君は小さくガッツポーズをし
回ってくる。



「変わったわー。

   格好いい!!」

音羽さんは上機嫌だ。




そうだ。
君は変わった。
はっきりと勝とうとしている。



「瑞月が
   3時から合流する。

   もう
   瑞月のペースは
   気にしないでいいよ。

   私たちがいる。
   指導者に任せなさい。」



「はい
   ありがとうございます。」


君は
さらりと応える。

そのつもりでいたのかもしれない。
そんな自然さだ。





フリーは展覧会の絵だ。

〝闇を見ました。
   闇から光へと世界が変わる感じを
   表現したいです。〟



音羽さんと
話し込んでる。
フリー振付を
彼は彼女に頼んだ。



闇……?
勾玉…………?


瑞月には
ひどく大切なことらしい。
伊東さんは真面目に心配していた。



日本のマジックなんだろうか。
この国に生まれ育ったわけじゃないからかな。
私には実感が湧かない。


高遠君が
〝展覧会の絵〟を選んだ。
バーバヤーガの小屋からキエフの大門へ。
私が知るべきことはそれだけだ。

その〝闇〟とやらの表現は
音羽さんの担当だからな。






もう一曲は、
これからだ。

恋の曲…………か。
私に選んでほしいと言う。
恋愛の機微となると、
まあ、
音羽さんよりは私だろう。





…………彼は何かを決めたようだ。

瑞月への思いは変わらない。
だが、
練習は勝つためにする。
今は
それだけ分かれば十分だ。




「結城先生、
   曲かけしまーす。」

音羽さんの声に軽く手を上げる。

見させてもらおう。
勝つための指導は私の領分だ。
構成はある程度の難度がなければ
試合には通用しない。




カチャッ
ドアが開く音がした。


「トムさん、
   スーツじゃ寒いよ。
   前も唇が紫になってたよ。」

「鍛えてる。  
   気にしないでいいよ。」


瑞月の声だ!
もう一人はあいつだな。
このところ、
警護は伊東さんじゃない日が続く。


〝唇が紫に……〟
そんな優しい言葉に
勘違いする男も
出るかもしれない。


伊東さんは
なぜ
あんな若造を採用するんだろう。


振り向きたい。
だが、
躊躇ってしまう。



「たけちゃん!」

嬉しそうな声がリンクに響いた。
有子さながらだ。

嬉しい
嬉しい
ヨナがいた

そう聞こえたものだ。



応えずにはいられない可愛い呼び声。





だが、
高遠君は動かない。
リンクの中央にしんと静まっている。


曲に集中してるんだな。





「曲かけをするところだ。
   静かに待ちなさい。」


高遠君が瑞月の声に反応しないのは
初めて見た。

だから、
私なりに気を遣ったつもりだった。


振り向いて
言葉に詰まった。





瑞月の肩を
男が抱き寄せるところだった。

「ジャージじゃ
   瑞月こそ寒いだろう?」

〝瑞月〟??
伊東さんは〝瑞月さん〟だぞ!!

瑞月は瑞月で
男を蕩けそうな笑顔で見上げる。
サービスし過ぎだ!





「瑞月君、
   こちらにおいで!

   一緒に見よう。」

私は
指導者の声を意識した。
ピン!

リンクは引き締まる。



「はい!」

瑞月は素早く指示に反応した。
ざまあみろ。

駆け寄ってきて一礼する瑞月を
私は鷹揚に迎えた。



リンク中央。
そこに全てがある。
私も
瑞月も
そういう世界の住人だ。





「学ぶために見る。
   わかるね。」

瑞月は
目を見開いて
頷いた。





音楽が始まった。




ほう……見事だ。


緊迫感ある始まりに
最初のアクセントは4T。
スピードに乗り
何かをかわすように翼は
急旋回する。

そして、
ひらりと跳ぶ。


そこに
かわすべき相手が
地上から触手を伸ばしているようだ。




この若鷹の翼は強い。
荒いながら、
どうステップを踏みたいかが
伝わる。


イメージは分かった。
君には地道に付き合ってもらうようだな。




光への道!
イーグルか。
壮大なイメージのステップ。
そして、スピン。


鷹は
天宮に辿り着いたようだ。


そこに君が
眩しい世界を見ていることは
分かった。
次は、
観る者に、
それを見せてやれ。




イメージを明確にもつ選手は
教えやすいものだ。
君は優秀な生徒だよ。





「……闇と戦ってたな。」

「うん!」

いつの間にか
若造が
リンクサイドまで来て
瑞月に張り付いていやがる。




「そう見えた?」

音羽コーチが
さっそく聞き付ける。



「はい!」

瑞月も
嬉しそうだが、
分かったように頷く若造が
気に食わない。





「伝わるってことは、
   大切よね。

   振付担当としたら
   嬉しいわ。

   この間もいらしてたけど、
   どちら様?」


男前な若造に
音羽コーチは歓迎モード全開だ。




「瑞月の警護を担当しています。
   西原と申します。」


「まあ、
   〝瑞月〟?」


そうだ!
言ってやれ!!



「あ、
   クラスメイトでもあるので、
   許可をいただいた上で
   自然に付き合うようにしています。」



「素敵!
   有り難いわ。

   瑞月君のこと、
   よく考えてくださってるのね。」


………………。

構っていられない。



高遠君が
リンクサイドに戻ってきた。


「どうだった?」

瑞月に笑いかける。

「すごいすごい
   たけちゃん
   格好よかった!!」

瑞月はほめちぎる。



そして、
私の前に、
きっちりと止まる。

「結城先生、
   お願いします!」

息を弾ませ、
真っ直ぐ見詰める眸は明るい。

さあ、
しっかり付き合おう。






「瑞月君、
   アップに入りなさい。」

私は
努めて冷静に指示した。



「はい!」

ああ、
素直な返事だ。
瑞月、
お前は本当に可愛い。
可愛い過ぎて心配だよ。



「瑞月君は、
   私が見るから
   だいじょうぶです。

   高遠君も
   結城先生も
   安心してくださいね。」


のんびり手を振って
瑞月を送り出し、
音羽コーチは、
生真面目に言う。


「しっかり頼みます。」

高遠君が笑う。




「素敵なボレロになりそう。
   海斗さんと過ごすたびに
   凄味を増すのよね。」


高遠君は小さくため息をつき、
音羽コーチはウキウキだ。

この無神経さ加減に
ある意味救われる。




くそっ!!

分かってるさ。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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