この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





ガラス張りの居間は
斜陽が差し込む庭に同化し
瑞月は春宵の風景に入り込んでいる。
まだ眠りにいるのか
ソファに寝かせたままのお前は動かない。




俺の伴侶は
無垢な魂を剥き出しに生きている。






夕食の支度は終えた。
テーブルにガラス器を置き
花を浮かべながら
思い悩む。





さっ

手もとに茜色が射し込み
庭の輝きが増した。


思わず
手を止めてガラスの向こうを見やった。
夕陽が雲間に覗いている。






「わぁ
   綺麗」

嘆声が上がる。
ソファに
お前は起き上がっていた。



庭に光は沈み
空に光は溢れる。





俺は覚悟を決めた。
テーブルを離れる。

お前は
俺を待っている。
きっと
俺を待っている。





肩に触れる。



「ほら
   あの雲見て!

   金色だよ!!」


お前の声が弾ける。




また
怯えられたらと
自分がどんなに怖がっていたか分かった。

もう
気持ちが抑えられない。






俺は
瑞月を抱き締めた。
柔らかい。
温かい。
そして…………消えてしまいそうに儚い。






「海斗……。」


宥めるように
そっと
添えられた手の指先が
仄白い。




「一緒に見よう。」

甘い声に
誘われるままに
俺は顔を上げた。




茜雲はたなびく。
瑞月は見詰める。
俺も見詰める。




「ああ…………。」

最後の残光が消えていくのを
お前は惜しむ。






夕闇は優しい。
顔を隠してくれる。


「怖かった」

俺は囁く。




「何が?」

瑞月は返す。




「触れたら
  お前を傷付けてしまいそうで。」

俺も返す。






お前が
小首を傾げる。
少しの時間が流れていく。





お前の指先が動き出す。
右上腕部。
忘れていた傷痕が優しく辿られる。



「海斗の血がね、
   ぼくに降りかかったでしょ?」

甘い声が囁く。




さやさやと
梢を風が渡る。

ガラスの向こうも
居間も
同じ闇に沈んでいく。




そして、
確かな温もりは
腕の中にある。





身を任せたままに、
お前は囁く。


「あのときね、
    ぼく、
    死ねるなーって
    ほっとしてたじゃない?」  





「瑞月!」

思わず声を上げる。




ふふっ

お前は笑う。

「海斗が好きで、
   でも、
   諦めてて、
   好きって気持ちも封じ込めて、
   それでも、
   好きでたまらなかった。」





お前は身を捩り
振り返る。

「走れ!
   って海斗が言ったよ。」




お前の腕が
そっと巻き付く。

「生きろ!
   って
  海斗が言ったよ。」




唇が
耳に寄せられる。

「ぼく、
   生きていいんでしょ?」





愛して

愛して

愛して


お前は願っている。
切ないほどに
乞うている。




「生きてくれ!
   ずっと
   そればかり願ってきた。」

俺は
瑞月を抱き締める。




「じゃあ、
   一緒に生きて。
   もう一人では生きていけない。」

胸の中で
お前は囁く。





その唇にキスをする。
神聖なキスをする。







唇を離すと
瑞月は
嬉しそうに報告する。

「だいじょうぶだった!」




面喰らって
問い返す。

「何が?」




得意気な声で
瑞月が応える。

「何にも見えない!
   いつもと同じだよ!

   たぶん
   さっきは別人みたいだったから
   中を知ろうとしたんじゃないかな。

   あ、
   電気点けるね。」





ウキウキと立ち上がろうとするのを引っ張って
膝に座らせる。


「別人って
   どういう意味だ?」




お前は
ギュッ

俺を抱き締めてから
早口で応える。


「仕事する海斗って
   初めてだったから。

   知らないことばかりで
   知らない海斗で
   寂しいなー
   って思ったら
   映像が見えたんだ。

   ねぇ、
   電気点けようよ!
   真っ暗になっちゃうよ。」





また立とうとして、
お前は蹴躓く。

抱き止めて
宣言する。


「俺が点ける。
   お前は動くな!」





点灯した。
庭は沈んで
窓は俺たちを映し出す。


「ぼくと海斗だよ!!」

俺が近付くのを待ち兼ねたように
お前は腕を組む。
二人で寄り添う姿を
自分で見るのは…………初めてかもしれない。


「カーテンを閉めよう。
   もう夜だ。」

悪くない。
なんと二面がガラス張りだ。
二人で閉めて行く姿を見ながら
ぐるりと楽しんだ。




「あ、
   お花を飾るの
   忘れてた。」

「テーブルをご覧。」




キャッ

テーブルに張り付く。


ガラスに白木蓮を浮かべた。
儚い盛りの白が
水に映じて美しい。



「こないだと
   同じだね」


「そうだな」


「海斗……
    悲しいことたくさんあっても
    幸せは幸せだね。」


「そうだな」


「ぼくも
   何かしたいな。」


「募金活動の支援ができる。」


「……うん。
   海斗……、
   ぼくが
   知らないことって
   たくさんあるんだね。」


「人はみな知らないことばかりだ。
   この世界は
   知らないことばかりだって
   知っておけばいい。

   知るたびに驚いて
   考えるんだ。」


「……うん」


お前はテーブルに腕を重ねて
頭を乗せている。


首は傾げているから
顔は見えない。


またちょっと涙声だ。
頭を撫でてキッチンに向かう。


食事にしよう。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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