この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







お昼は
サンドイッチだった。
たっぷりあって
お腹いっぱいになった。



ぼくは、
紅茶にたっぷりミルクとお砂糖入れてもらった。

紅茶を試してごらんって言われたんだ。
甘くて美味しかった。
外に行くことが多くなるんだって。




片付けは二人でしたよ。
楽しかった。
二人ですると何でも楽しい。




一緒にお仕事してくれる
って
思って
ぼく、
居間のテーブルに宿題のせて座った。


もう
数学と国語は
終わらせてるんだよ。

今日は日本史の課題プリント。
10枚ある。
なんだか多いよね。
たくさんお休みしたから
春休みに
二年生の残りを終わらせるんだって。




ソファで抱っこしてもらって
タブレットでできたら
いいのにな。
このお家なら、
二人だけなんだから
カナダのときみたいにできるのに。
そう思った。


でもね、
大人クラスでは
ネットで提出する課題はないんだって。
日曜日に自分で持って行かなきゃ。
だから
テーブルなの。




海斗は座らない。
ぼくの宿題見ている。


「まず、
 なにも見ないでやってみる。
 それから、
 教科書を見てやるんだ。」

「うん!
 海斗はPCでしょ。
 始めようよ。」

ぼくは
もうワクワクしてた。




「俺は、
 あそこでやる。
 見えるか?」

海斗が指差す。
居間のはしっこにドアがあって
そのドアが開いてる。

お庭が見える窓は続いてて
窓に向かう机が見えた。




「家事をする小部屋だったらしい。
 書斎になってる。
 便利だぞ。

 居間はしっかり見える。
 さぼるなよ。」


ええーっ
叫んじゃった。






ぼく、
お願いしたんだけど
海斗は意地悪で
聞いてくれない。


追っ掛けたんだけど
戻れって言った。




ぼく、
ちょっとふくれてる。


海斗をにらんで、
「やる!」
って言って始めたんだ。

早く終わらせて
今度は
ぼくが意地悪しちゃおうって
思った。





一生懸命やって
5枚終わった。

今日は半分できたらいい
って
咲お母さんが言ってくれてる。
お母さんがいいって言ったら絶対だいじょうぶ。




うふふ
終わっちゃった。
気分いい。


まだお庭は明るいよ。
居間にある大きな柱時計は4時を回ってる。
そうだ
さっきボーンボーンって鳴ってたね。





ぼく
そっと立ち上がる。
隠れちゃおう。
お庭は綺麗で気持ちいいもん。


お庭に向かう一面は全部ガラスで
ドアもガラスなんだよ。
そーっ

開けようとした。





そしたらね、

カタカタカタカタ……。

海斗がキーを叩く音がしたんだ。



あれ?
この音最初は聞こえなかったな
って
気がついた。





………見ててくれてたんだ。
離れてするのは
意味わからないけど、
見てくれてた。


ぼくが
ちゃんと勉強始めたから
仕事始めたんだ。


ぼく、
すごく気分よくなった。






海斗のとこ行こう。
意地悪しないよ。
見ててくれたから。




「海斗…。」

ぼく、
そっと声をかけて
お部屋に入った。

海斗は、
画面を見詰めながら
すごいスピードで
次々と画面を切り替えてた。




忙しいのかな?
ぼく、
入っていいのかな?
お邪魔になるかな?


ぼく、
黙って
海斗の背中に張り付いて
画面を覗き込んだ。
日本語じゃない文字がずらっと並んでる。




「すぐに済む。
 待っておいで。」

よかった。
優しい海斗だ。

「うん」

ぼくは安心する。




これ、
どこの国の言葉なんだろう。
ちょっと驚いちゃう。

「読めるの?」

「ああ」





…………………。

ぼく、
このまま待ってよう。
海斗の背中にほっぺをあてる。



海斗
海斗
海斗……。
知らない海斗が
知らない言葉を読んでる。
知らない海斗が知らないお仕事してる……。



寂しいなって思ったのは
覚えてる。




ふっ

辺りが暗くなった。
映画館の照明が落ちたみたいな
不思議な感じ。
映像が目の前に浮かぶ。




知らない国の街が燃えてる。
悲鳴を上げそうになった。

人が走り回ってる。
火が、
火がついてる。
助けなきゃ
助けなきゃ



ああ
人が逃げてく。

高い高い山に雪が積もってた。
寒い
寒いよ。
人が倒れていく。
凍えて倒れていく。
子どもがうずくまってる。


誰か
誰か
誰か助けてあげて



暗い海に船が浮かんでた。
ぎっしり人が乗ってる。

真ん丸な目の子ども
小さな手
細い細い体にTシャツだけ?

コートの大人もいるよ。
震えてる。
寒いんじゃないの?


パッ
パッ

イメージが飛び込んでは
映し出される。



ぼくは
酔っちゃって
ぐらぐらする。
泣きたくて
ぐらぐらする。




カタカタカタカタ……タン!

キーを叩く音が響く。
不思議な映像は消えていた。




ぼくは
そっと海斗から離れた。




ああ、
お庭が綺麗。

ぼくは
お庭を見て
胸を押さえる。



ドキドキしてる。
海斗は怖くないのかな。

燃えてた
燃えてた
人が…燃えてた。

凍えてた。
凍えて倒れた人は…死んじゃったの?

あんなに目が大きいって
すごく痩せてるんだよね。
あの子は何か食べられたの?
………………。






肩に手がかかって
ぼくは
びくんとした。


海斗は
驚いたみたい。


「どうした?」

「……街が燃えてたから、
   怖くて……。」


ぼくは
小さく応える。

手が、
手が怖い。
もう見たくないの。
震えちゃう。




海斗は
ちょっと止まった。

肩に置いた手が
外れる。

ほーっ

ため息が出た。


そ、外に出ちゃおう。

ガラスの扉に手をかけた。




「瑞月」

名前を呼ばれた。

振り返ると
ぼくは
もう
海斗の腕の中にいた。



あっ
いや!


ぼくの唇が塞がれる。
ぼくは……静まった。





小鳥が囀ずってる。
海斗の腕も胸も温かい。

トクン
トクン

トクン
トクン

海斗の心音が
優しい。


ああ
海斗が心配してる。
ぼくのこと考えてる。


唇が
ゆっくりと離れる。






「……もうだいじょうぶだよ。
  ごめんなさい。

ぼく、
謝った。
小さな声で謝った。




「俺の中が見えたんだな?」

海斗の声が優しい。

ぼくは、
なんだか悲しくなる。
見えちゃったのも悲しい。
見えちゃった人たちも悲しい。







「お座り」

海斗が
ぼくを座らせて、
膝をつく。



「瑞月、
 俺たちは深く繋がってる。
 そして、
 お前は特別な力があるんだ。

 その力と
 どう付き合っていくかは
 これから二人で考えていこう。

 闇を退けて
 みんなを守っただろう?
 それは怖いものじゃあない。

 心得て使えばいいんだ。」


海斗が
怖くないって言う。
ぼくの手を握って見詰めてる。



「海斗は
 嫌じゃないの?

 ぼく、
 海斗が見えちゃうよ。
 い、いつもじゃないみたいだけど。」

ぼく、
恐る恐る訊いた。


海斗が
ふっ

笑う。




「俺にも見える。
 お前が泣いていると
 俺も辛い。

 お前が呼ぶと
 そこがわかる。

 お前が公園の林に隠れたとき、
 お前のいた木のところが
 浮き上がるように見えた。

 俺を呼んでいただろう?」

優しい
優しい声がぼくを包む。




「うん」

だから、
ぼくは応えられる。




「長は、
 巫の魂を守ることで
 道を外さない。

 怖かったか?」

海斗が
すごく静かに聞くんだ。




「うん。
   ……子どももいたよ。
 みんな死んじゃうの?」

ぼくは訊いた。



「たくさん死んでいく。」

海斗は即答した。





ずん!
って重くなった。
胸が塞がって息がうまくできない。


「おかしいよ。」

小さな小さな声になっちゃう。




海斗が
握った手に力を込めた。


「そうだ。
 おかしい。
 殺されていく人たちを守るために
 動こうとする人も
 たくさんいる。」




ぼくは、
そっと見上げる。


「ほんと?」

声が、
声がやっと出た。




「鷲羽は、
 それが間違ってることを
 忘れない。

 その支援になる活動を支援するんだ。
   その人たちの力になり
   仕事を用意する。

 全員を救うことはできない。
 でも、
 その中で死んでいく子どもたちを
 救っていくために動く。」


海斗が
ぼくの目をしっかり見詰めて
約束してくれた。



「うん!」

重いけど
ずん!
って重いけど
胸が膨らんで息ができる。




「瑞月、
 俺は今までも
 お前の前に立つとき、
 いつも心を澄ませてきた。

 迷いや揺れがお前を苦しめるからだ。
 
 だから、
 変わらない。

 いつも、
 自分に恥じない自分で
 お前に向き合う。
 ずっとしてきたことだ。

   お前には俺がわかる。
   俺にはお前がわかる。


 お前は
 俺の羅針盤。
   俺は
   お前の船だ。」







海斗が
ぼくを抱き締める。

流れ込む。
知らない海斗が知ってる海斗になる。



海斗は
ぼくを愛してる。

愛してる

愛してる

愛してるって

波が寄せるよ。



幸せの海に抱かれて
ぼくは漂う。
ふわふわ
ふわふわ
ぼくは漂う。


悲しみが
ぼくを浸す。
悲しみは深い蒼色をしている。

〝後ろを向いてはだめ
 走りなさい!〟


幸せの中に
悲しみがあって
涙が流れる。


小さな男の子は死んじゃったんだ。
あの炎の中で
たくさんの人が死んじゃった。

ほんとのことなんだ。
悲しくて悲しくてたまらない。



海斗の愛してるに包まれて
ぼくは
涙を流し続けた。




大きな柱時計が
ボーンって鳴り始めた。

海斗が
ぼくにキスをする。
お眠りのキスをする。


ぼくは眠る。
次に起きたらご飯なんだよ。


お眠り

お眠り

お眠り

お眠り…………。


イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。



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