この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







夢は訪れる。
夢の中では私は視ることができる。



ここ数日、
私は
住まいから出て
集落を歩いてきた。


時は分からない。
活気はある。
長の纏うオーラが
集落を包みこんでいるようだ。


深水とやらいう男の目を通して視る集落は
山城ともいうべき中枢と
山裾を埋め尽くす背の低い住居の屋根から成っていた。


昨夜、
ついに、
私は巫を視た。


深水はひどく急いでいた。
駆け降りていく道に
幾重にも柵が立てられていた。


丸く柵に囲まれた平地に
深水が駆け込む。

屈強な男たちが
手に手に業物をかざし
輪を作っていた。


中心にあるのは、
華奢な肢体に革の肩当て
暗青色の衣に革帯、
静かに空を仰ぐ少年だった。


「やめよ!」
深水が
声を張り上げる。
息も切らさぬところは立派なものだ。


「お待ちください。」
角張った顔立ちに
厳しい表情を浮かべた男が
深水の前に立ち塞がる。

革の肩当てに革帯は、
戦仕様の男たちの姿なのか。
その肩当てに
赤い布が通されている。
これは、
階層を表すものかもしれない。

少なくとも
角顔の男の
声も振る舞いも
指揮を取る男のそれだった。


「既に
 五たりの者共を
 叩き伏せております。

 本人が望みました。
 十たりと試合うと。」


「しかし!」
深水が
言い募ろうとしたときだ。


「参る」
細い声が響いた。
ああ

思った。

なんて甘い響き。
〝せんせい〟
少し舌足らずな発音はそのままだ。
この少年が巫だ。



ただ………感情の色がない。



参る

言いながら
少年は動かない。

腰にある鞘に剣はあるのだろう。
あるのだろうが、
その手はだらりと脇に下がっている。


仰向いていた面は
今は伏せている。
白皙の頬に
影が落ち、
結んだ唇の朱が鮮やかだ。



やああああああっ

闘志を秘めた声とともに
二人が打ち込んでいく。



ひどくゆっくりと見えた。
それは、
まるで打ち殺されるのを待つように動かぬ
少年のせいかもしれない。


まさに
その脳天が割られた!

思う瞬間に
ふわりと少年は動いた。


跳んだ?

次の瞬間
肩を蹴られた一人が
もう一人の振り下ろす木刀を肩に受けた。


ぎゃっ

上がる声。

自らが手を下した仲間の苦悶に見開かれた目は
真っ正面から鞘に薙ぎ払われた。


二人が
のたうつ砂地に
少年は
ゆっくりと木刀を拾う。


その木刀を両手に捧げもち
少年は静かに居住まいを正す。

吸い込まれるように
ふりかぶる木刀と共に
襲来する殺気。



少年は
ただ
舞っていた。
私は
ただ
見つめていた。



一人が倒れたその体を飛び越え
左右に回転する。
跳躍し
そのままにめまぐるしく回転し
降り立つ。



木刀の殺傷力は
どの程度なのだろう。
この優美な舞いに
腕を肩を足を打ち砕かれて
男たちは砂ぼこりを浴びて倒れてゆく。


山城の中腹。
円形競技場は
一人の舞い人の舞台となっていた。


魅入られたように
男たちは見つめていた。
自分たちを徹底的に拒む美しいものを。




君も
また
こうした男たちを厭う者なのだろうか。

初めて会った日に
瑞月君は
満員電車の人混みの中で
欲情に怯えすくんでいた。

あの悲鳴は
力で人を支配する者を厭い拒否する声だった。



この巫は
その嫌悪を攻撃に変換しているだけだ。
容赦ない戦いぶりに
その嫌悪を感じる。




瓜二つの声は長と同じだ。
その顔立ちも
また
おそらくは瓜二つなのだろう。



無慈悲で美しい舞いは終わった。
立っているのは
少年ただ一人。




「大したものだな。」

静かな声に
少年を除く全員が膝を着いた。


いつから
そこにいたのだろう。
長が
柵を飛び越えた。

その一挙手一投足に
空気は静まり
その色に染まっていく。


まるで
一筆に世界が塗り替えられたようだ。
長身の美丈夫。
革の肩当てには黄櫨染の布。
王の印だろうか。


少年が膝を折った。


「どうして
 この仕儀となった?」

その声は静かだ。

そう
あなたは
事態を把握することから始める。
私が従うと決めた方だ。



「体を望まれました。
 従えと。」

少年の声も静かだ。
こんなことに慣れているんだね。
その美貌に華奢な体だ。


長は眉をひそめ
地を這う男共を見やり、
配下の者共は俯き
仰ぐ王の怒りを思い恐れ震える。


「そうなのか?」
問いは
角顔に赤い布の男に向けられた。



「からかう者が出たようです。
 参りましたときには、
 既に数人が
 叩き伏せられておりました。」

角顔は
表情を変えずに応える。


長は
訝しげに問いを重ねる。

「無体を言い掛けた上に
 この人数は如何にも理不尽であろう」



角顔が口を開くのを待たず、
透き通る声が
応えた。

「私が望みました。」

おお、
頭を上げているね。
恐れを知らない。




「なぜ?」

興有りげに
長は問うた。



「もう望む気にさせぬためです。」

打てば響く応え。



「なるほどな。
 済まなかった。

 この者、
 ここに置くは、
 我が決めし事ぞ。
 
 以後、
 妄りな振る舞いは許さぬ!」

破顔一笑。
少年に微笑んだなり、
王は振り向いた。


配下の者共は
再度
より深く頭を垂れる。


王の宣旨は為された。
長は
くるりと背を返す。



「お待ちください!
 手合わせを!」

一同の擦り付ける頭の中に
ただ一人
決然と頭を上げて巫はいた。


初めて視る巫は、
息を呑む美しさと
切ないほどの傷ついた心とをもち、
ぎりぎりのプライドの刃に身を守る少年だった。



「やめよ!」
赤布の角顔の将は
厳しい声を発し

「よい」
長は
片手を上げて
それを抑えた。



「立て」
立ち上がった少年を
無造作に抱き上げる。

「何を!
 放されよ!!」
暴れるのを
ものともせずに運んでいく。

「や!
 いや!!」
もう悲鳴に余裕はない。


馬に放りあげるように乗せられ、
ようやく少年は黙った。
戸惑ったように
長を見つめている。

手綱を握り、
長は語りかける。


「無体はせぬ。
 遠乗りに出るだけだ。
 供をせよ。

 だいじょうぶだ。
 怖がるな。」


画面は揺らぎ
深水の意識は遠くなった。
朝の光を微かに瞼に感じ、
私は水澤和俊にもどっていた。





巫……か。
瑞月君は巫となったんだ。



華奢な腕は
長に挑むなど
思い付きようもあるまい。

その指一つで
その息は静かに止まってしまうだろう。
君は守られるためにある。



だが、
君を守る者は君に守られる。

「海斗

 海斗

 泣かないで……。」



いにしえと今と
闇はありて
光と闇を司る巫を望むは変わらない。
が、
その戦は展開を異にするようだ。


長は既に全力で巫を守る姿勢を固めている。
そして、
闇に犯されながら汚れない巫の魂は
あなたが死力を尽くして
死の淵から掬い上げたものと聞く。




あなたは
光を乞う魂をもっている。
そして、
瑞月君は
その願いに応え
光そのものになっていく。


乞うて
恋うて
あなたは光を手に入れた。
そして、
その光のなんとしなやかで強いこと。




さて、
お二人には、
どんな道が見えるでしょうな。


長、
無粋で申し訳ない。




私は
おそらくは
瑞月君に抱き抱えられているであろう長に向かい
語り始める。


目が見えないとは、
こういうとき便利なものだ。




「鷲羽さん、
 今の瑞月君は、
 まさに巫として生きています。

 あなたに寄り添い
 あなたを支えることが
 呼吸のように自然です。

 その在り方は
 貫くことそのものが難しい。
 お二人は生きる場所を作っていくことが
 まず第一です。

 そこで
 どう生きるか、
 そのつど考えて進んでいくのです。


 
 瑞月君は
 スケートのためであれ
 あなたのためであれ
 世間を広げていくのが勉強です。

 人と繋がることが
 その場所を二人のものにしていきます。

 広げ方は
 ご家族とご相談ください。
 まあ、
 昨日の活躍を伺うと、
 ご母堂は、
 既にその覚悟をお持ちと思いますよ。

 
 単位については
 卒業資格取得を第一としたメニューを
 私が用意しました。

 苦手でも文句は言わないこと。
 理数系にはしておきましたからね。
 数学、
 好きだよね。

 瑞月君、
 単位は取らなきゃならない。
 頑張るんだよ。
 鷲羽さんも
 そのつもりでお願いします。

 
 瑞月君、
 広がった世間で
 君が見るもの全てが君の先生だ。
 君が光を見失わなければ
 何であれ道は開ける。

 では、
 また来週お会いしましょう。」


そっと立ち上がり
私は部屋を出る。


二人は動かない。


次の面談は
個別学習室をお借りしよう。
西原さんだな。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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