この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





スポーツジム併設のビルには
小さいながら
駐車場も付いている。


歩いて帰れる距離に車は贅沢だが
隠れ家は隠れ家だ。
車が無難だと
伊東は言う。


これからも
車通学になるのか。



俺の思いを他所に
助手席の背もたれに張り付いて
瑞月は
ウキウキとしゃべりかけている。


「トムさん!
   トムさんはどの講座にしたい?」

「お…………、
   私は、
   瑞月さんと同じにするので、
   考える必要ないです。」

「だからさ、
   嫌いな勉強じゃ
   悪いもん。

   トムさんの好き嫌いも
   考えなきゃ。」  


「違うぞ!
   い、いや、違います!!」

チガウゾ????
まあ、いい。
仕方ない。



「西原、
   お前は瑞月には学友だ。
   言葉も普段から学友にしておけ。」

俺は
助手席を覗き込む瑞月のうなじを見つめながら、
言葉を挟んだ。

「はい

   基本がずれてるよ。
   必修は必修なんだ。
   好き嫌いは関係ない。

   選択できるものも沢山あるけど、
  それも
   選んだ進路に沿って選ぶ。    

   好きな科目に越したことはないけど、
   それ、
   二の次三の次だよ。」


待ってました!

先輩口が始まった。



「ええーっ?
   じゃ、
   国語も選ばなきゃだめ?」

甘ったるい響きだ。
〝やりたくなーい〟

聞こえる。

ええーっは、
〝お願い!〟だな。



「どんな進路選んでも
   国語は
   ゼロにはならないよ。

   日本人だろ?」

甘い声を出すものだ。



西原は
瑞月を連れて歩いたはずだ。
披露目の前だから
構わなかった。

いうことなんだろうか。


あいつは、
瑞月を連れて遅刻していた。
遅れるはずもない時刻に出してやったのに。


………………
来週からは
歩きはないはずだな。


俺も昼近くには
聴講生として来なければならないんだ。
それなら、
俺が瑞月を乗せて来ればいい。


俺は
部屋を借りれば
仕事はできる。
天井裏でも仕事には十分だった。
俺が送り迎えをしても
執務には障らない。


俺が乗せてきて
俺が屋敷に連れ帰ればいい。
部屋の確保をお願いできるか
先生に伺おう。


車は駐車場に滑り込んだ。



嬉しい!
嬉しい!!
嬉しい!!!

瑞月は弾けそうな笑みを浮かべ、
車のドアを自分で開けようとした。


俺はものも言わずに
瑞月を抱き止める。


大慌てで
助手席から飛び出してきた西原が
ドアを開けたときは
瑞月は俺の胸にひっくり返って
じたばたしていた。


「ひどーい
   海斗!」

膨れたお前が
俺を見上げる。


「ドアの開閉は
   警護に任せるんだ。
   慣れておけ。」

その頬を挟んで
言い聞かせた。



「どうぞ」
西原は
ドアを開けたまま
俯く。



耳を染めて
俯いている西原に
瑞月の声は屈託がない。


「トムさん、
   ぼくたち先に行ってるね。

   明日ね。」


運転席を出た伊東が
鞄と小さな紙袋を差し出した。



「総帥、
   どうぞ。

   用心のため、
   準備しました。」




駐車場から
エレベーターに乗れる。
俺は
伊東に渡された袋を開いた。

これは…………警護としたら、
むしろ目立つぞ、伊東。

俺は
伊東に
目で問いかける。


伊東は
表情を変えない。



「なあに?」
瑞月が
覗き込む。

「わぁ
   カッコいい!!」


…………仕方ない。



瑞月には帽子を目深に被せて
俺はサングラスをかけてみた。


…………とりあえず、
顔を隠すのが先決か。


「海斗、
   前が見えないよ。」

「エレベーターを降りるまでだ。」


頭をポンポンとしてやり、
車を降りる。


さあ、
まずは部屋の確保だな。
それと、
国語はできるだけ少なくか。
数学は好きなはずだな。
あとは…………その場で相談しよう。






画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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