この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。






カチッ

ドアの音にも
あなたは気を遣う。


瑞月は眠っている。
その胸が微かに上下しなければ
美しい人形かと
疑ってしまうほどに
静かな仰臥。


フルまで上げた明度に
眩しいほどの白色灯に照らされながら
その瞼は震えもしない。
礼装のまま寝かされているのに
息苦しさすら感じさせない
ビスクドールの瑞月。




ドアは
すぐに閉じる。

後ろ手に閉めて
ただ瑞月だけを見詰めて
あなたは
立っている。



「どうしたらいい?」

あなたは訊ねるけれど、
わたしは声をもたないのよ。



あなたの重みを受け
微かに
ベッドが沈む。



起こしたくないのか
目覚めてほしいのか
自分の気持ちを掴みかねて
あなたは瑞月の額髪をかきやる。


そっと抱き起こし
上着を脱がすけれど、
瑞月は
目覚めない。


ネクタイを外し、
白いシャツ姿の瑞月を
あなたは
静かに寝かせる。



あなたは
寄り添った。

ただ
寄り添って
その髪を撫でている。



〝どうしたらいい?〟




そうね。
この雲隠れ、
わたしは
わかる気がするわ。

丸くなって
わたしは目を閉じる。



今は、
わたしは瑞月を探せる。
あの石が繋いでるのかしらね。



あれは突然だった。


洋館の薄暗がりの向こうに
男が見えたわ。
背を見せて下がっていく人影が繋がって
背景みたいに洋館の薄暗がりに
重なっていた。

その中に
その男の姿だけは
異様にくっきりと見えた。
綺麗なお顔ではあったわね。



すぐ
あなたの背中しか見えなくなって
わたしは
瑞月の中にいた。


ドキドキする心臓。
〝ありがとうございます〟

声に喉が締め付けられる感じがした。


そして、
闇に散る桜が浮かんだの。
瑞月は
芯まで震えて
カッ

熱くなった。



闇の中に浮かんだまま
指一つも動かせないみたいだった。
はらはらと散りかかる花びらを
ただ感じるしかできない感じ。


花びらが触れると
触れたところが熱くなったわ。
もう吐息が洩れそうになっていた。


そして、
蛇が現れた。
金と銀の鱗を煌めかせて
鎌首をもたげ
見詰められたわ。





首の後ろが逆立った。
きっと
洋館のわたしは
眠りながら
威嚇の唸り声を上げてたわね。


これは悪いものなの。
退けなきゃダメ!!
瑞月の中で
わたしは叫んでた。





瑞月は
目を閉じた。


光が満ちたわ。
真っ白な不思議な服ね。
あなたが白を着るなんて珍しいこと。

あなたに
お酒を注ぐ手が
健気だった。

そして、
あなたは飲み干した。




吐息は洩れる。
あなたに感じて洩れる。

目眩ましは
破られた。

〝ぼく、
   あなたを知りません〟




でも、
ちょっと隠れたくなったの。
だって
あの男の声を知ってたんだもの。
あの男の愛撫を知ってたんだもの。


    知ってるよ。
    あなたの声を知ってる。
    あなたに抱かれる感じも知ってる。
    でも、
    ぼくは、
    あなたを知らない。


海斗、
あなたにわかるかしら。
この気持ち。





探してきてあげる。
連れてきてあげる。


あなたは
哀しそうに
瑞月を見詰めてる。


待ってて。
ちょっと待ってて。


この子の中を
探してみるから。





⭐瑞月



さくら……きのうみたさくらが
とてもきれい。


ぼくは
このさくらがすきだよ





キャーーーーー

やみに
さくらがちっていて
だれかの悲鳴がきこえる




うごけなかったんだよね。

うごけなくて
こわくて
ぼくなんかいなくなる。


そういうの、
しってるよ。
しってる。





あの人
ぼくをしっている
ぼくも
あの人しっている



しっているって
しっている。


しってるけど
その悲鳴はぼくのじゃないよ。
しってるけど、
そのこはぼくじゃないよ。




でもね
でもね
……いまはいやなの。



いやなの
いやなの




〝みづき〟 

…………。

〝みづき〟

きこえないよ。
だって
いやなんだもの。




〝みーつけた〟


ふわん
って
てがあったかくなった。

ざらっ

てがなめられた。

え?
って
おもった。





目を開けた。
あれ?
ぼく、
裸ん坊だっけ。

ここ……海斗と来たとこだ。
静かで明るい。
ここのぼくは裸ん坊なんだ……。




ぼく、
ひざをかかえてた。


かかえた手を
くろちゃんがなめてる。


〝くろちゃん
 いつ来たの?〟

もうくろちゃんは
しゃべらない。
呼んでたの、
くろちゃんじゃないの?


くろちゃんを抱っこする。
毛皮があったかい。
ちゃんとくろちゃんだ。




あれ?
ぼくたち
お部屋に浮いてるね。


くろちゃんの石と五色の布が
床に落ちてるよ。
ベッドが下に見える。

くろちゃんが寝てる。
ぼくも寝てる。



海斗……寝ないの?

海斗がぼくの髪を撫でてる。
ぼくを見詰めて撫でてる。
手が休まず撫でてる。


〝いつも
 こうしてたわよ。〟

え?
くろちゃんは知らん顔で
今のが
くろちゃんなのか分かんない。





ぼくたち、
いつも一緒だって誓った。

ゆうべ
誓った。

優しく愛してもらった。
〝お前を見ると
 こうしたくてたまらなくなる〟
って
海斗は言う。




ぼくの体はそこにあるよ。
海斗、
ぼくを抱かないの?



更衣室の暗がりで
たくさん
たくさん悲鳴を上げて
ぼくは
気を失った。

病院で目が覚めたとき、
ぼくの体、
ずたずたになってた。



眠ってても
抱けるのに。



………………。

待ってるのかな。

〝そうよ〟

待ってるんだね

〝そうよ〟

帰っていいのかな。

〝あたりまえでしょ〟


海斗………知らないよ。

知らないから待ってるんじゃないかな。




海斗が
そっと身を起こした。

抱くの?
やっぱり抱くの?



ぼく、
きゅっと固くなった。
ひざを抱いて丸く丸くボールになっちゃいたい。




〝瑞月………〟


海斗の声がする。

海斗がぼくの額にキスをした。
ぼくのおでこに涙が落ちる。




温かな温かな涙が落ちる。


「海斗……」

ぼく、
目を開けた。

ぼくは、
ベッドで目を開けた。



「瑞月……」

海斗の涙が温かくて
海斗の声が涙に掠れてて
ぼくは
とても幸せになった。


海斗のキスを唇で受けて
ぼくは
温かな涙を流した。


しあわせ
しあわせだよ

ぼく
海斗に愛されて幸せだよ


イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。



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