この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。








主人公って、
自然に決まるものだ。

それは、
主役であるだけでは、
決まらない。


この二人が主役でよかった。
主人公にしかなれないもんな。
そう思う。



「御家族を亡くされたんだね。」

「はい」

「よく
   頑張ってきたね。」

「ありがとうございます。」

「まだ小さかったでしょう?」

「中学一年でした。」

で、
涙と一緒に

「よかった。
    海斗さんと出会えて
    よかったわね。」

満面の笑顔で、

「はい!」



華奢な体を
オーソドックスな黒が
ぴったりと包むと
細腰が
…………引き立つんだな。

愛らしい仔猫が
前肢を揃えて小首を傾げてる。



夫婦単位で次々と入れ替わる客に
うちの天使は
ありがとう

繰り返す。



その横の輪は
若き長のそれだ。

何人かの族長に囲まれ
長は悠揚迫らぬ受け答えを見せている。


「お若いのに、
   大した手腕だ。」

「ありがとうございます。」

「ご結婚は、
   考えておられますか?」

「しないつもりです。」

「……そうですね。
   まだ五年だ。
   いや
   すみません。
   惜しいと思いまして。」

「お気にかけていただき、
   ありがとうございます。」


で、
こっちは
こんなパターンか。






「瑞月、
   何か食べておいで。」

海斗さんが
甘い声で瑞月に向かう。

「うん……あ、はい。」

「仲良しなんでしょ?
   〝うん〟でいいのよ。」


すかさず
お相手していた奥様が
優しくフォローする。




「え?
   でも……。」

戸惑う仔猫が
両サイドを見上げる。

「いいよ」

「だいじょうぶ」


二人のナイトが応えた。





まあ、
もういいかな。



「天宮君、
   もうパーティーも
   皆様、
   楽しんでる。

   海斗さんも
   可愛がってる君だ。
   甘えていいよ。」

俺は
助け船を出した。


「うん!」

瑞月は
ぱっ

顔を輝かせて
海斗さんを見上げる。


なんとかセーフだろう。
なにしろ元トレーナーなんだ。




奥様は
さらに仰有る。

「取ってあげましょうか。
   お正月には
   取ってあげたのよ。」


「あ、
   あのときは、
   ありがとうございました!

   ぼく、
   もう
   自分で取れます。

   ありがとうございます!
   行ってきます。」

二人のナイトに付き添われ、
ペコリ

頭を下げて
瑞月はテーブルに向かう。


奥様は、
愛しげな目で見送り

「可愛いこと。
   ちゃんとお話できるように
   なったのね。」  

御満悦だ。

やれやれ
なんとか上手くいっている。





ふっ

仄かな白檀の香がした。

「あの、
   あちらで取って参りました。
   少し
   お食べになってください。」

慎ましげに
振袖の美女が皿を差し出す。




あ、
受け取らない方がいい。

「ありがとうございます。」

……受け取ったか。




兄さん、
お嬢様たちは
〝あなたに近寄りたい〟んだ。
分かってるのかな。




ラズベリーみたいな
甘い甘い香が
白檀に混ざる。


「私、
   ○○の娘でございます。」

真っ白な背が
薄手のショールに透けて
目の前を塞ぐ。

思わず一歩退いた。
匂いも凄いが
近過ぎだ。





「神秘的な儀式でしたわ。
   うっとりいたしました。
   ○○の娘でございます。」

俺を掠めて紫のサテンが
前に出る。
今度は
ラベンダー?
もう近距離に幾つも入り交じると
匂いも凶器だな。




「本当に。
   一生の思い出になりますわ。
   ○○の娘でございます。」

白に黒?
えっと何か花の香りだ。




後は
色彩の洪水で
どれがどれやら分からなくなった。

そして、
香水が
立ち込める。

空気に壁を感じるよ。





「素敵でした。
   階段を昇るお姿、
   こう力強くて。」

「そう。
   篝火に照らされた横顔が
   ちらりと見えましたでしょう?」

「ああ!
   ドキドキいたしました!!
   端正なって
   こういうことかと。」

………………みたいな会話が
各種香水の混じり合った派手な球体から
さやさやと
洩れ聴こえてくる。


さすがは
名家のお嬢様方だ。
嬌声すれすれだが品がある。




無口な狼は
花たちの球体から
頭一つ抜け
皿を手にしたまま囲まれていた。


どうする?
兄さん。
助けてあげようか?

思ったときだ。





海斗さん!
取ってきたよ!!


天衣無縫の瑞月ちゃんが
戻ってきた。



女体の壁の上に
海斗さんの顔は見える。


まっすぐ見詰めるキラキラお目めに
お手てはお皿の両手持ちだ。


見慣れた俺が見ても可愛い。




パッ

集まる視線に
あたりは
より大きな球体を作り上げた。



可愛い
可愛い
可愛い
可愛い
………………可愛いの波音が
優しい波紋を広げる。


瑞月を真ん中に
守護神二人が
一人はガードを固め
一人は両手に皿を一つずつ持ち
付き従っている。


瑞月が
〝海斗は来る〟

無邪気に信じてるのは
声にも
笑顔にも明白だ。




「弟が
   来たようです。

   行ってやりたいと
   思います。

   失礼いたします。」


優雅に礼をすると
王は踏み出す。

しずしずと綺羅は割れ
皆様の注目の中、
ベストカップルは再び出会う。



「美味しそうでしょ」
瑞月はお皿を見せて
手柄顔だ。

「ああ
   ありがとう」
兄さん、
声、
甘過ぎ!!

すんごいラブラブシャワーだ。



「天宮君、
  こっちだよ。」


とにかく
小テーブルに連れていく。
皿を置けなきゃ
手が空かない。




見ないようで
チラチラ見ている大きな球体が
できている。


家族オーラで
切り抜けるしかないな。
幸い瑞月は汚れってものがない。


瑞月の
あん

いや

みんなは知らない。


豪君と西原は
少し離れたテーブルに移動する。

「お前も今の内に食べておけ。」
海斗さんも
気は遣ってるな。
まあ、
西原はまさかここじゃ食べられない。


で、
俺は残らなきゃな。
二人きりはまずい。





「このお皿、
   どうしたの?」

天使は
お嬢様の捧げたお皿が気になるようだ。



「取っていただいた。
   一緒に食べよう。」

海斗さんは
さらっと流す。


瑞月が
くるくると悪戯っぽく
目を光らせた。

「また、
    女の人に囲まれてたね。」




こらこら、
その話題かい?

「瑞月、
   お客様だよ。」

俺は
嗜める。




瑞月は
にこっと笑う。

「うん
   みんな
   すごく喜んで下さってるね。
   海斗さん、
   すごい人気で嬉しいな。」





「いただこう。」

海斗さんが
優しく打ち切る。




「うん

   …………結婚しないって
   言ってたね。」

今度は
箸を持ったまま
ちょっと目を伏せてる。
まだ気になるんだろうか。




「ああ。」

海斗さんは
静かに応えた。




「……ほんとにしない?」

訊いてしまってから、
慌てたように
パクン

箸があたったものを
闇雲に口に入れた。

唇が
その汁に濡れる。




海斗さんが
胸のハンカチを引き出し
瑞月を引き寄せた。

そっと唇を拭ってやり、
何か耳元に囁く。




瑞月が
みるみる頬を染めた。
可憐な
鷲羽のさくらが花びらをふるわせて
花開いた。




あちこちに上がる嘆声が
この花の開花を見る人々の存在を
教える。


花は花だ。
だが、
なんて美しく咲くんだろう。




「総帥」

咲さんの声がするまで、
俺は見とれてた。


すっと
新しいハンカチが差し出され、
瑞月の唇に触れたハンカチは回収された。


「お客様が
   お待ちかねです。

   瑞月、
   高遠さんと
   食べていてね。

   あなたも
   食べたらいらっしゃい。」



「はい」

瑞月は
ぽっ

上気したまま応えた。



豪君と西原は
もう
こちらに歩いてくる。
海斗さんを見送る瑞月は
いまだ満開のさくらの風情だ。



「なんて言われたの?」

こっそり
俺は訊ねた。

「もうしてるって」

瑞月は小さく呟いた。





「瑞月、
   食べよう。」

豪君が声をかける。
西原は
もう
警護態勢だ。




「これ、
   瑞月の好きな味じゃないかな。」

「わー
   美味しい。」


少しすれば
無邪気な瑞月が
戻っていた。






長と巫だ。
祭儀の一瞬を彷彿とさせる一幕も
パーティーの華のうちだろう。

神秘の顔も天使の顔も
お客様は見ている。

こちらに注がれる視線は温かい。
セーフかな。
まあ
セーフだろう。




そして、
瑞月は幸せだ。


兄さんの直球勝負も
悪くないね。
殺し文句として覚えておくよ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。




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