この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





総帥は歩を進める。
拍手の中を
発光するかのオーラとともに
黒の礼装が進んでくる。



そして、
客たちだ。

政財界に鷲羽の人脈は隈無く広がる。
そのうわさだけは
言い伝えられていたが、
これまで、
その人脈が実際にその全容を見せることはなかった。

この軍団が
鷲羽の人脈か。



手が痛くなりそうな拍手。
ひたと見詰める眼差し
眼差し
眼差し


進みゆく道を
礼服の男たちは静かな熱で
その連れは目を見開いて
囲んでいる。

鷲羽王国、
ここは鷲羽の名のもとに
集う者共の国だ。




ここにいる異邦人は、
俺たちマスコミだけだな。


「よう。」

小さく声を掛けられる。

やや草臥れたスーツは、
俺たちの印みたいなものだが、
彼のは格別だな。

腰のあたりに
小さな鉛筆がぶら下がっている。
手帳に鉛筆スタイルだ。
昭和の香りがする。
しかも、
それを隠そうともしない。



俺たちは、
礼装も、
客として着てるわけじゃない。
場に失礼とならないためのスーツ。
仕事着だ。


「どうも。
 貝塚さんがいらっしゃるとは、
 〝列島〟さん本気ですね。」

俺も低く返す。

〝列島〟の良心と言われる男は、
目をしばたたかせる。



「そっちこそだ。
   森本さんとは、
  〝大東〟さんも
   えらく辛口なのを
   放り込んだな
   と
   驚いてるよ。」


こそばゆいな。
俺は武藤に頼まれただけのことだ。





総帥がステージ下のテーブルに
辿り着いた。

待ち受けていた前総帥が
何か背伸びして言ってる。
総帥が
囁き返し
老人がうん!とうなづく。


少なくとも
老人との関係は良好だ。
写真班が仕事してるだろう。


一面向けじゃない。
だが、
二人の繋がりが
切り取れる絵だった。


仲がいいんだな。
よかった。
……よかった?


「嬉しそうだ。
 ……よかった。」


貝塚さんの呟きが被る。
老人を見て言ってるんだろうか。
俺は…?


やれやれ、
変な感想だ。
モンスター財団の御家族だ。
金がからむと、
養子縁組は血生臭い話になりやすい。
つい老婆心が顔を覗かせる。




そこに
仲の良い家族がいる。
よかった。
そういうことだ。


おじいちゃんは、
〝御前〟にしては可愛い人だ。
笑顔が開けっ広げなとこなんか
子どもみたいだ。

王は少し王じゃなくなってる。
軽口も言えるみたいだな。

子どもにしては若すぎて
孫にしては態度がでかい、
でも、
確かに家族に甘えてる狼が見える。




「皆様、
 鷲羽財団新代表挨拶に先立ち、
 前代表が挨拶を申し上げます。」

澄んだ声が告げる。
着物姿が美しい熟女だ。
武藤が脇に控えている。



                         

小柄な老人は、
ひょこひょこと
ステージに上がっていった。

「御前、
 またちいさくなったな。」

えらく懐かしげな声、
貝塚さんだ。



え?
思わず、
大ベテランの顔を盗み見た。

貝塚さんは
もう
静かな眼差しで
老人を
見詰めている。



俺はちょっと考えて
俺以外の報道陣を
そっと伺った。


……凄い。
貝塚さんだけじゃない。
第一人者として知られた大ベテランばかりだ。




老人は腰を屈めた。
長い。
静かに思いが伝わっていくお辞儀だ。
老人らしい丁寧な仕草が
なんだかふんわりする。

「皆様、
 本日は、
 こうしてお集まりいただきまして、
 この鷲羽顕雅、
 心より感謝申し上げます。」

さあ
いよいよだ。
肝心な取材はここから
始まる。



鷲羽は眠れる竜だった。

世界に冠たる財をもち、
その力を囁かれながら池に潜んでいた龍が
池の水を逆巻かせ天に昇らんとしている。
その龍の頭は誰なんだ!?


既に経済界では
話題になりかけていた。
鷲羽の名前が
国内外に
雇用をもたらす動きを始めている。



それは、
まだ
海のものとも山のものともつかない
この王のオーラをもつ男の戦略なのだ。




「皆様、
 本日は、 
 本当に有難うございます。
 こうして、
 家族を紹介できるのが、
 こんなに嬉しいことだとは、
 この年まで知らずにおりました。

 嬉しいものでございます。
 有り難いものでございます。


 皆様、
 鷲羽海斗、
 わしの愛する息子です。

 皆様に
 息子を知っていただきたくて
 このパーティーを開きました。



 海斗は、
 佐賀海斗といいました。
 16歳から17歳までボクサーをしておりました。
 海斗がボクシングを止めた日に、
 わしらは出会ったのでございます。

 海斗は言いました。
 〝もう帰るところがない〟
 わしは言いました。
 〝うちに来ない?〟


 
 昔々、
 悲しいことがありましてな。
 わしは
   その日から
   待ち始めておりました。
   いや、
   悲しすぎて
   言い訳にしておったのでございますよ。


   待っているのだから
   と
   言い訳にして
   一人で生きておりました。
   

 鷲羽には
 言い伝えがありましてな。
 血が絶えてしまうときは、
 新しい家族が現れる。
   だから、
   自分は待っているんだ
   と
   頑なになっておりました。



 
 佐賀海斗
 と
 わしは出会いました。

 わしらは、
 どちらも家族がいませんでしたし、
    もともとが、
    鷲羽には人材が必要でしてな。
    見所のある若者と見れば
    声を掛けておりました。

   
    海斗を住まわせるのは
    簡単でございました。



   そして、
   一緒に暮らしだして
   驚きました。

   海斗は驚くほど無造作に
 読んだ本
 見たものから学ぶのでございます。
   この子は
   どれほどの力があるのだろうと
   思いました。



 居候はしたくないというので、
 警護の名目で雇いました。

 それから、
 あっという間に
 警護の中で頭一つ抜けてしまいました。
 

 自分を庇わないし
 自分に欲もない子でございました。
 だから怪我も多かった。
 勝ってしまうんですが、
 無茶ばかりしとりました。
 
 なんだか心配になりましてな、
 警護に必要だからと
 書庫に放り込みましたら、
 そこでも淡々と読んでいくんです。

 生きてるから仕方ない
 そんな
 何にも興味がない目をしとりました。



 そうしますとな、
 ある日
 急に赤くなったんです。

   女の子に世話を焼かれながら
   赤くなったんでございますよ。
   いやあ、
   皆様、
   どんなに嬉しかったか
   しれません。


   わし、
   いつの間にか
   海斗が心配で心配で仕方なくなっておったのでございます。
   生きさせてやりとうございました。


 
 うちに下宿しとったお嬢さんが
 教えてくれたんです。
 昔わしに奥さんが教えてくれたみたいに
 大事なことを
 教えてくれとりました。

 そのお嬢さんと所帯をもつため
 屋敷を出たいといい出しました。
 わしは寂しいけど仕方ないな
 と
 思いました。

   でもね、
   今
   初めて口にいたしますが、
 お嬢さんは
 言ってくれたんでございますよ。
 この人、
 きっと連れて帰ってきますから。


 そう笑って
 結婚を待つばかりになりました。


 そして、
 五年前の三月十一日、
   東日本大震災の日に、
   お嬢さんは最後の旅行だと
   かの地に行っておりました。
   そして、
   命を落とされました。
   お友だちを押し上げて
   力尽きて流されて行ったそうです。」

老人は、
少しうつ向く。
貝塚さんが
じっと優しく老人を見詰める。

嘘のない言葉だ。
嘘のない悲しみに
会場は包まれた。


 
「海斗は去りました。
 わしは、
 とても寂しくなりました。
 海斗がその言い伝えの人物なら
 どんなに嬉しいだろうと
 思っていたからです。

   お嬢さんと一緒に
   屋敷に戻って来る日を
   楽しみにしておりました。

   お嬢さんが
   海斗に
   人の温もりを教えました。
   そのお嬢さんが亡くなり、
   海斗はどうしているだろうと
   ばかり
   考えておりました。

 

 それが、
 この正月に
 ひょっこり戻ってきたのです。
   海斗は
 男の子を連れていました。

 津波に家族を奪われ、
 スケートをすることで援助を受けて
    練習していた男の子でございました。
 トレーナーをしていると
 言いました。



 わしら
 屋敷の者は、
 海斗と少年を迎えました。

 そして、
 わしは、
 これこそ縁だと思いました。

 
 
 もう
   わしらは、
 家族になりました。
 それが一番嬉しいことです。



 鷲羽の言い伝えでは、
 こうして長が変わるとき、
 その長を導く巫が現れると
 されています。

 今日、
 巫を務めたのは、
 海斗がトレーナーとして
 ついていた少年です。

 
 海斗を
 この鷲羽に連れ戻し、
 人を守ることを教えてくれた少年に
 巫を務めてもらいました。

 
 
 人を守ること、
 人を繋ぐこと、
 海斗は
 その願いを体現する長に
 なります。

 
 出会った時の海斗は
 斬れすぎる日本刀でした。
 いやはや、
 斬れること斬れること
 斬れるのに、何を斬っているかも知らぬ
 抜き身の刀でした。

 今の海斗は違いますでな。

 人を思うことに
 力を得ています。
 自分が守るものを知って、
 その力を使う。
    財にも力にも溺れぬ
    鷲羽の長でございます。


 17歳で皆様の前から消えていった少年が
   今30歳で鷲羽の総帥として
   皆様の前に
   戻って参りました。

 わしの息子でございます。

    皆様、
 どうか
 よろしくお願いいたします。」


長い長い昔語りに
会場は
聞き入っていた。


パンパンパン…………
誰かの力強い拍手が
しんみりとした沈黙を破ると
会場は万雷の拍手に包まれた。


にこにこと
会場を見回していた老人が、
ぴょん

跳ねた。

ぶんぶん羽織の袖を振る。

「瑞月ちゃん!
   たけちゃん!
   こっちにおいで」



会場中に振り向かれ、
きょとんとしながらも
少年はにっこりする。


また拍手が起こる中を
ぺこり
ぺこりと
お辞儀しながら
少年が進んでくる。


近づくにつれ、
賑やかな波は
言葉を伴って聞こえてきた。

………………

「可愛いわねー」

「ありがとうございます。」

「さあ、
   前へ」

「ありがとうございます。」


上気した頬に
きらきらした眸を一人一人にあてながら
少年はお辞儀している。


ステージで跳ねる老人も
なかなかの可愛さだが、
これには負けるな。


ものすごく綺麗なのに
愛らしいという
とてつもない可愛らしさに
みんなは
心を奪われてる。


老人の話の感動が
そのまま
少年への慈愛となって降り注ぐ中を
赤くなったり青くなったりしながら
張り付いてる若い男と
少年の肩を抱く少年に付き添われ
少年はステージにたどり着いた。


「鷲羽が支援する二人です。
   フィギュアスケートを頑張ってます。
   天宮瑞月  高遠豪
   瑞月は、
   うちを取り仕切る天宮補佐が
   お母さんになりましてな。
   お友だちの高遠君と
   練習に励んどります。」

会場中に
拍手と温かな微笑みが
溢れた。


よかった…………。
おじいちゃんに
家族ができて。


俺も
なんか
嬉しくなっていた。


見出しから
変えなきゃな。

鷲羽財団、
巨万の富は
一人の男に受け継がれた。


それも事実だ。


だが、
それだけじゃない。
鷲羽財団は家族の絆に
繋がれた。
その力は、
人の温かい繋がりに受け継がれたんだ。




…………あれ?
なんか
大切なこと忘れてないか?


「さあ
   これで総帥を入れたら
   我が家の家族は勢揃いでございます。
   うちは、
   補佐二人も同居してくれてましてな。
   わしも寂しくなくなりました。」

ステージ脇のマイクの前に立つ熟女と
その脇の武藤が
にこやかに頭を下げる。


少年は
嬉しくてたまらないように
二人に笑いかける。
きりりとした着物美女が
一瞬に慈母観音に変身した。


家族の情景が
完成したようだ。
愛らしいおじいちゃんと孫から
家族オーラが温かく放射している。



「海斗さん!!」
少年が
嬉しそうに声を張り上げる。


鷲羽財団新代表
総帥は
いや
長は
ステージに上がる。


そうだな。
武藤、
これも真実だ。
お前たちは家族になったんだ。
その真実を書こう。

いたずらに人を苦しめるものは
報道ではない。
伝えるべきを伝えるのが
俺たちの役目だ。


貝塚さんが、
せっせと鉛筆を走らせている。
〝絆〟の一文字が
力強い。


さあ、
新代表、
家族に迎えられ、
あなたは何を語る?


画像はお借りしました。
ありがとうございます。





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