この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





おおっ……。
中央スクリーンに映し出される祭儀の終了に、
溜めていた嘆声が上がり、
それは段を降りる二人に合わせて
万雷の拍手となった。

美しい……。
目が離せなかった……。

あちこちに上がる声は、
祭儀を見ての素直な感動だな。




老人は囲まれている。
祝いの言葉が繰り返される。
なかなか迫力ある上に
夢幻のように美しい儀式だった。
みなさん少々興奮気味だ。



さて、
この儀式をどう報じるかが問題だな。
鷲羽財団は、
特殊な集団だ。
今の祭儀からもそれは明らかだ。




「先輩
 取材ありがとうございます。」

振り返れば、
武藤が笑っていた。

「大成功といったところじゃないか。
   で?
   あの男の子は何なんだ?
   避けては通れないだろ?」

取材の流れを承知している男に
余計な前振りはいらない。




「天宮瑞月君といいます。
 うちが後援するフィギュアスケートの選手ですよ。
 ついでに、
 総帥補佐の天宮さんの息子さんです。」

面白そうに、
いや
わざとらしい鹿爪らしさを楽しむように
武藤は応えた。




「なあ、
 武藤……。」


「あ、このくらいは、
 もう調べてますよね。」

お前も
それで通しはしない。
俺は黙ったまま待った。




いきなり
武藤は
にこりと笑った。
こいつ!

お気に入りの後輩は、
笑顔のいい奴だ。
嘘のない誠実と
人を見る目の確かさを
俺は買っていた。

くそっ
いい笑顔が小憎らしい。




〝皆様、
   新総帥は
   着替えましてから
   当会場に参ります。



   新たな長を迎え
   鷲羽は新しい思いをもちました。
 その思いの一端を
   本日より開催しております東北物産展に
   ご覧下さい。〟

アナウンスが入り、
スクリーンには
物産展ににぎわう会場が写し出された。




「上から言われてる。
   総帥の正体は今日明かされるってな。
   その正体だけでも
   大したネタだというじゃないか。」

俺は武藤に対峙した。
昼間とは違う。
このパーティーは〝人〟の取材なんだ。




青に白の幟には牛と子供が寄り添う絵柄。
陽に焼けた老人の顔が
しぶい声で客に応えている。

〝……命をいただき、
 命を輝かせるものをと……〟



武藤はスクリーンを背に
俺を見詰める。

「まず、
   物産展に感じた意義を
   書いてくださるんですよね。」




小さな皺だらけの手が
たっぷりと大きな干し柿を手にする。
〝いただいたもので
 冬を越す知恵ですよ……〟
優しい声がみちのくの冬を語る。


「それは書く。
   が、
   新聞も客商売には違いないんだ。
   企業理念より人だろう。
   
   写真は載る。
   既にテレビに映った総帥と少年に
   大反響が起きてるそうだ。

   うちの写真に
   目を通してきたが、
   ブロマイドとして売り出せば
   かなり稼げそうなものばかりだ、

   恐ろしいほどに魅力的だ。
   どっちもな。」

俺は武藤にぴたりと
視線を当てたまま語り切った。




スクリーンの映像が切り替わる。
長身の美丈夫が
マグロに包丁を入れていく。

おおっ
巧まぬ嘆声が会場に広がった。

〝新総帥も
 会場スタッフとして
 参加いたしました。〟

舞台中央に立つ祭儀の主人公に
パーティー会場も
盛り上がる。




「ありがとうございます。
 書いてください。」

武藤は落ち着いて応える。



「二人の関係もか」

俺は切り込んでみた。



「それは二人にしか分からないし、
 二人にしか意味のないものでしょう。
 そこを追求したいですか?」

武藤は一拍おいて返した。
痛い一拍だな。



「いや。」

「野次馬じゃない。
 無責任に人の生を弄ぶ記事は
 報道と呼ぶに値しない。

 先輩の持論ですよね。」

俺は、
改めてかつての後輩を見つめた。



「すまなかった。
 備えを確かめただけだ。
 書かないわけに行かないものだ。

 注目度が高すぎる。
 何者なのか。
 それだけを書いても
 十分に客のニーズはある記事だ。

 だからこそ知りたい。
 あれだけのものを曝したんだ。
 何者なのか
 伝えるべきものを知りたい。」

知りたい。
そして、
伝えるべきを伝えたい。
俺は報道に携わる者なんだ。


下衆の勘繰りにも堕ちかねない興味は、
不思議の国の祭儀をへて
変わっていた。
あの二人は何なんだ。




武藤はちょっと小首を傾げた。
何だ?
えらく可愛い仕草だな。


「元総帥が挨拶します。
 老人は説明が上手です。
 きっと分かりやすく話してくれますよ。」




逃げる気かよ。
お前らしくもない。

「俺はお前の説明がききたいね。」

憤然と俺は返す。




「俺が守るものです。」

さらっと武藤は返した。
畳み掛けようとして、
俺は止まる。




武藤は微笑んでいた。

〝俺、
 報道って、
 世の中を変える力があるって
 そう
 思うんです。〟


お前の声が思い出される。
遠い
わずか三ヶ月ほど前のお前の声が
ひどく遠く感じられる。

俺の前にいるお前は、
もう
後輩ではない。
それが
ひどく寂しくて
どこか嬉しい。



「……それを選んだのか。」

「はい」

「それが世の中を変えるものなのか。」

「鷲羽は守り、
 守られます。
 これを守り抜くことで
 美しくあるべきものは守られる。
 そう思うんです。」




スクリーンは最後のカットに
願いを結晶させた。
物産展出店者の皆さんの集合写真がそこにあった。


〝厳しい復興の道を歩まれてきた方々の
 お言葉を借りて
 鷲羽の願いを申し上げます。

 命をいただき、
 命を輝かせる道を
 私どもは求めて参りました。
 その願いに
 新生鷲羽を率いる者を
 新生鷲羽を導く者を迎えました。

 契りの儀を終え
 新代表が会場に入ります。
 暖かな拍手をお願いいたします。〟

涼やかな女性のアナウンスに
入り口にスポットライトがあたる。



見事だな。
武藤、
お前の王は見事だ。

その正体は知らない。
だが、
はっきりと分かることがある。
そこに王がいる。



長身に黒の礼装の男は、
ゆっくりと
会場に足を踏み入れた。


圧倒的な美貌さえ問題にならない
そこにあるという存在感が
会場を満たしていった。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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