この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





一瞬とも久遠ともつかぬ無音を破り、
龍笛が鳴り響いた。


座所の中にあり、
俺は目を閉じる。


瑞月
今…………お前を感じる。


風が起こる。
俺の回りに風を感じる。
頬を撫で
髪をすいて吹き過ぎる。

「海斗………」

お前の声を聞く。



うなじに纏わるそよぎは
お前の腕
耳元にたゆたう揺らめきは
お前の唇


座所にある
菜種油の火皿に灯る炎が
ふうっ

息をつく。


今か
瑞月。
今なんだな。


座所の扉が開かれた。






〝瑞月ちゃんに
 すべてをまかせられるかい?〟

じいさんの言葉が
風にまじってよみがえる。



ミーティングの最後に、
ひょっこり画面を覗きこむじいさんの顔が
映った。

〝海斗、
 降りておいで。
 海斗もお支度じゃ。〟




自分に支度という程の支度があるとは
思っていなかった。
すぐに戻るつもりで降りた。
そして、
白装束の三人に捕まった。

じいさんだけが、
紋付き袴だった。




〝皆の衆
 おまかせしましたよ。〟

じいさんは気軽に言ってくれた。
おい!
任されちゃ困る!
俺は戻りたいんだ!!

言い返したかった。


やんわりと
一人で着替える旨を
伝えようとしたときだ。



じいさんは俺を振り返った。

〝わし、
 ここからは
 おられんのじゃ。

 のう
 海斗、
 瑞月ちゃんに
 すべてをまかせられるかい?〟

小首を傾げて
じいさんは俺に尋ねた。

祭儀のことだと思った。
〝ああ〟と答えようとして、
じいさんの顔を見た。
小さな小さな声が聞こえた気がした。

俺は止まった。




マカセテオアゲ…………?




〝御前、
 始まります。〟

はっと
振り向くと
立ち位置を正三角形に取り、
両の手を組み頭を下げた
白装束の三人がいた。


じいさんはにっこり笑い
ひょこひょこ
部屋を出ていった。






湯あみから清めへ。
一つ一つ手順が定められているようだった。
瑞月も
これをしているのだろうか。
そんなことを思った。


マカセテオアゲ………………、


ほんの僅か前にその唇を味わったはずなのに、
まるでひどく昔のことのように感じられた。



白。
全てが白だった。
下帯からつけられていく。
全身を白に包む作業は、
最後に白い面抱をつけて終わった。






誰もいない廊下を渡り
開く扉を抜け
箱はひたすらに上がって行った。

しんと静まり返るそこには、
傾きかけた日に白々と照らされた
色のない世界が広がっていた。





〝長は
   宮の中で
   巫をお待ちいただきます。

   龍笛が
   お耳に届きましたら
   儀の始まり。

   お出ましください。
   あとは巫の導くままに
   と
   伝えられております。

   私どもは
   長と共には
   ここに入れません。

   長は
   宮にお入りになり
   巫と繋がる。
 そう言われております。

 面袍を下ろさせていただきます。
 このままに進み、
 このままにお待ちください。〟

指し示す先に
白木の六角堂が見えた。










一瞬とも思えた。
久遠とも思えた。


無音だった。
全ての気配がない中に
俺は
ただお前を待った。



開け放たれた扉の先に
松明を捧げもつ者が控えている。


風はそよぎ、
俺をいざなう。


ほら
来て
来て海斗

お前が呼んでいる。




腹に響く太鼓の音に
黒の礼服の男たちが立ち上がり、
俺は進み出た。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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