この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





天候はもった。

スクリーンが映し出す
晴れ渡った春の空は
残照に色彩を目まぐるしく変え始めた。


ホテル屋上庭園に設えた舞台は
火籠に上がる炎にゆらゆらと揺らめき
この最上階会場に集う客を
神秘の世界に誘う。


スクリーンは
ついに
正に揺らぎながら沈み行く太陽に
焦点を当てる。

この夕陽が沈みきるとき、
儀は始まる。



間もなく始まるんだ。

礼服に身を固め
老人の脇に控えて
日没を見つめる自分が
なんだかリアルに感じられない。



〝日の入りをもって
 儀が始まります。

 会場スクリーンにて御覧いただき、
 この老人と共に
 祝ってやってください。〟

伝説であった鷲羽の老人が
その伝説となるに足る財と力を譲る。
その披露目に
老人自ら筆をとった。

招待状を受け取った客たちは
さぞ興奮しただろう。


印刷にも
その筆にこもる思いは
伝わったに違いない。



老人に会釈し
会場に進み入る政財界の面々は、
ひそやかに言葉を交わしては
スクリーンに目をやっている。



神秘に酔う自分は
まだ
鷲羽のファンタジーを
外から眺める人間なんだ。


スクリーンに映し出される神秘に酔いながら
その神秘を外から守る守り人は必要だ。

俺たち、
哀しい現実主義者だもんな、
伊東さん。


その屋上にあり、
祭儀の舞台を警護する同志に
思いを馳せる。






丸い白木の柱が天を指して伸びる。
すっ
すっ
すっ
すっ
…………四方を囲み白々と打ち立てられた柱は、
その高さが既に幻想だ。
四本それぞれに木の命がそのままに香る。

どこから切り出してきたのか。
どんな技術で切り出してきたのか。



七段の段が舞台まで続く。
台形のピラミッドを思わせる舞台は
その全てが切り出し削り出したばかりの
白木造りとなっている。

御前が
お決めになった。
棟梁たちと
お一人でこそこそ打ち合わせておられた。

警護の俺たちも

初めて見る舞台だ。
総帥も
瑞月さんも
初めてだろう。
…………いや、
瑞月さんは知っておられたかもしれない。




天宮補佐に
連れられ現れた瑞月さんは、
全身を覆うコートに包まれフードを深く被っていた。

光沢のある銀鼠色のフードは
瑞月さんの口許しか見せてはくれなかったが、
その口許に震えはなかった。

天宮補佐は、
庭園に足を踏み入れられないと聞いていた。



天宮補佐が膝を折り、
支えてきた手を押し戴いた。
遠目にも分かる
僅かに覗く指先の白さ。
瑞月さんだった。


天宮補佐の手を離れた瑞月さんは、
動き出した。
何の迷いもなかった。

俺にも
既に白木の床机に居並ぶ鷲羽の男たちにも
一瞥だに与えず、
銀鼠に沈む影は幻のように行き過ぎた。

すっと
前を行き過ぎ
舞台の後ろに消えて行った。







そして気づいた。
あたりは薄暮に包まれていた。


今、
舞台の下に設置された火籠だけが
パチパチと薪のはぜる音を響かせている。


ぴーーーーーーっ

龍笛が鳴り響く。


白装束に身を固めた二人の男が
長い柄に縛り付けた松明をかざして
段の下に畏まる。


二人が
すっと立ち上がり、
段に置かれた火籠に
左右で息を合わせて
火を灯し始めた。

火籠は
ぼっ
と音を上げて炎を噴き上げる。
一つ
また一つ
めらめらと上がる炎が
白木の段を上がっていく。


照明は炎のみ。
天高く伸びる柱に
朧月夜を浮かべる天を天井にいただく舞台が
浮かび上がった。


どん
どーん

太鼓が打ち鳴らされる。

ざっと
鷲羽の者が立ち上がった。
総帥がお出ましになる。

祭儀が始まる。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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