この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





⭐高遠豪

助手席には伊東さん
運転席にはトムさん

俺は
向かい合わせた後部座席で
二人を見ていた。


海斗さんの膝に、
瑞月の頭が乗っている。
海斗さんは
静かに瑞月を支えている。


マサさんは言った。
「瑞月ちゃんは、
   海斗さんの秘密じゃない。

   二人の秘め事は秘め事だ。
   でもな、
   秘密じゃねぇんだ。
   覚悟しとけよ。

   分かるか?」



分かります、
マサさん。

眠る瑞月を
海斗さんは
俺にも
トムさんにも託さなかった。
大切なものを大切にしてる。

それは、
絶対崩せない大切なルールだ。
いかなるときも
海斗さんの一番は瑞月だ。



「瑞月、
   話し方を
   覚えてくれたでしょうか。」


「ああ。
   お前のお陰だ。」


俺たちは瑞月を守るんだ。
眠る瑞月を挟んで
俺たちは
ただ向き合って揺られていた。




⭐西原努

すごいな。
都内で一二を争う格式のホテルは、
外観に長い歴史を示しつつ
柔軟な対応にも年季が入っている。


パーティーは報道各社に開かれている。
眠る瑞月を抱いた総帥が
正面玄関から入場はできない。

指示されたルートで
駐車場に滑り込む。




運転席から飛び出して、
俺は後部座席のドアを開けた。
伊東チーフは
駐車場に出迎えた者に並ぶ。

総帥が瑞月を抱いて降りた。
高遠が素早く続く。
「こちらへどうぞ」
男が
先頭に立つ。

白髪じゃないか。
ドアボーイでもコンシェルジュでもない感じだ。

制服じゃない。
目立たぬスーツだ。
ホテルの何を務めとする男なんだろう。





「ようこそ
 おいでくださいました。」

エレベーターに入ってから、
男は柔和に挨拶した。
駐車してからここまで1分とかかっていない。



「お世話になります。
   先日の会では、
   温かいお言葉を
   ありがとうございました。」

総帥が応える。


男は、
柔和な顔に
満面の笑みを浮かべ
総帥の腕に抱かれた瑞月に目をやる。


「巫も
   お見つけになられた。

 あの日、
 羅針盤と仰有っておられたお人ですな。

   長として
   最初のお務めを
   果たされた。
 重畳
 重畳
 目出度いことです。」

心底嬉しそうな声だ。
総帥は黙礼する。
白髪男は深々と頭を下げた。

「改めてご挨拶申し上げます。
   当ホテル支配人中村でございます。
 委細は鷲羽の者として
 承知いたしております。

 ここは鷲羽の砦。
 どうぞ
 ご自由にお使いください。」




エレベーターの扉が開く。

大理石のホールの向こうに
扉は一つだ。


「巫に
   お休みいただきましょう。」

支配人は
眠る瑞月に
微笑みかけながら
ドアを開けた。




生け花が春爛漫
って感じに賑やかだ。

総帥のためじゃないよな。
似合わない。





「桜のように
   お美しい巫と
   御前から伺いましてな。

   飾らせていただきました。」


支配人は
良い姿勢をさらに良くして
胸を張りながら答えた。

そ、そうか。
巫の、
瑞月のためなんだ。




支配人は、
さっと
身を翻し次のドアを開けた。

老人にしては見事な身のこなしだ。
鍛え上げたホテルマンらしい。





居間にもなるんだろうが、
機能的なテーブルに
椅子
壁際に並ぶモニターが
会議室の雰囲気だ。

「お若い方々は、
 こちらでお待ちください。
 長と巫を寝室にお連れします。」


支配人は、
そう言い置いて
先に進んで行った。
可愛い寝息を立てて眠る瑞月は、
総帥に抱かれて奥の部屋に消えた。




改めて見回す。


ここで
内密の
打ち合わせもできる。

万一のときは
司令室として稼働可能だ。
〝狙われるなら瑞月さんだ〟
チーフはそう言っていた。




総帥を狙う奴がいるわけないからな。
そう思っていた。
………違うかもしれない。
本当に、
瑞月こそが、
鷲羽の要なのかもしれない。

そして、
支配人は、
鷲羽の伝説を当たり前に受け止めている。




音楽室の出来事が
改めて妙にリアルに思い出される。
瑞月は〝巫〟というものなんだ。

そうだよ。
囲炉裏を囲んだ輪の中で
瑞月は勾玉と交信していた。

今日の瑞月は巫として舞ったんだ。
習ったようでもないのに
まるで自然に舞っていた。




「ほんとに
 瑞月は特別なんですね。」

高遠が
ぽつんと呟いた。





チーフと支配人が
戻ってきた。


「西原!
   総帥は、
   瑞月さんに
   付いておられる。

   お前は高遠さんとここで待機だ。
   食事は準備していただいてる。
   警護の会議には
   モニターで参加しろ。」

チーフは
落ち着いている。
支配人は静かに控えている。






「はい!
   モニター稼働させます!」

俺は
全てのモニターをオンにした。

ホテル正面玄関を中心に
出入り口
各階
パーティー会場が映し出される。

準備に動く人の動線が
自然に繰り広げられている。
異状はないようだ。




「今のところ異状なしだな。
   休息も取っておけ。
   そちらの部屋にベッドもある。

   今日は長いぞ。」


「はい!」

本当に瑞月を守っている。
そんな実感がひしひしと迫ってきた。



チーフは高遠に笑いかける。

「高遠さん
   西原と一緒でお願いします。
   会議も一緒にどうぞ。」

「はい!」

高遠の返事は淀みない。




そうとも、
俺たちは音楽室の仲間なんだ。
闇は経験済みだ。
巫の舞いと共に闘ったんだ。
頑張ろうぜ!





静かに控えていた支配人が
前に進み出た。


「下に通ずるルートをご案内します。
 こちらにおいでください。」


画像はお借りしました。
ありがとうございました。



人気ブログランキングへ