この小説は純粋な創作です。
実在の人物、団体に関係はありません。





マサさんが
上機嫌で二人をせき立てる。

「さあ、
 そのチーズを食べる間は
 瑞月ちゃんに海斗さんを返してあげなきゃな。
 お前らは、
 遠慮しな。」


高遠は、
最後に、
瑞月の額にキスをする。
その自然な振る舞いに、
俺は押される。



自分で言うつもりだった。
二人きりで過ごした最後に
言うつもりだった。
‥‥…言えなかった。


〝海斗!
 バイク乗ろうよ。〟
〝ああ、
 急ごう。〟


時間に追われ、
追われたことを盾に、
俺は繭に籠った。



カーブに切り込んでいく。
〝海斗
 すごーい。〟

腹にお前の腕を、
背にお前の胸を感じながら
俺は聴く。

共鳴し合う体を
二つながら揺らして声は甘く俺を包んだ。

海斗
海斗
海斗
…………


お前が〝海斗〟と呼んでくれる。
その甘い夢に
俺は浸っていたかった。




高遠は怖くなかったんだろうか。
お前は、
〝たけちゃん〟でいられなくなるかも
しれなかった。


高遠は
俺に
一顧だに与えなかった。
瑞月だけを見つめて揺らがぬお前に
俺は覚悟の上で
負けているのかもしれない。




「海斗さんは特別ですよ。
 あなたは言っちゃあならねぇ。
 世界がひっくり返っても、
 瑞月は瑞月だ。」

ぼんんやりしていた俺の耳に
ストン

放り込まれた言葉に、
俺は操り人形みたいに振り向かされた。




マサさんだった。

俺は知っている。
俺は無表情に見えているはずだ。



あの人が亡くなったとき、
バーに塒を移したとき、
じいさんに拾われたとき、
俺は無表情だった。


道子がなんなく見付けたガキの俺に
誰も気付きはしなかった。
俺も……気付かずに生きていた。




「いいんだ。
 あんたは、瑞月でいいんだ。
 正解だ。」

俺にしか聞こえないだろう低い低い声が
そっと吹き過ぎる。


高遠と西原が
瑞月に送られて通路へと
向かっている。



俺は、
つくづくとマサさんの顔を見詰めた。


「可愛いお人だ。
 まるで、
 親に叱られる前に
 じいさんのところに転がり込んだ
 いたずら坊主みたいですぜ。」



「あ……。」

声が続かない。
瑞月が、
俺を見付けて、
「海斗!」
と叫んだときから、
俺の声は封印されたままだった。




「それは、
 誰かが教えにゃならんことだった。

 だがね、
 この世でただ一人、
 それをしちゃあならねぇ男がいる。

 海斗さん、
 あんただ。

 瑞月でいい。
 いいんですよ。」



「パ、パーティーは……。」

押し出された声が震えていた。



「今、
 たけるが教え込んだじゃ
 ありませんか。
 乗っかりましょうや。
 言わずに済んだんです。

 ありがてえ。
 助かった。
 それでいい。

 瑞月ちゃんのために
 助かった。
 それでいいんですよ。
 
 あんたにとったら、
 瑞月は瑞月。
 それが瑞月ちゃんには一番大切だ。」


低い低い声は、
優しく語り終えた。




俺は腰を折った。
そのまま顔を上げられなかった。
頭を下げたまま聞いていた。


「じゃ、
 あっしはパーティーには、
 顔出しできません。

 これでおさらばしますぜ。
 いいもんを
 たくさん見せていただきました。

 目の保養だ。
 ありがとうござんした。」

頭をあげると、
マサさんは笑っていた。




瑞月が笑顔で戻ってくる。
マサさんは
瑞月に笑いかける。


「じゃあな、
 瑞月ちゃん。
 始業式に会おうぜ。」

「もう帰っちゃうの?」

「パーティーとやらが
 あるんだろ?
 頑張れよ。

 そうそう、
 さっき
 たけるが言ったこたあ、
 ほんとに大切だ。
 俺からも言っとくぜ。

 鷲羽の人間として出るものは、
 みんなリンクに出ることだ。

 みんなを大切にして話す。
 忘れるなよ、瑞月ちゃん。」



マサさんが消えていく。
俺は、
その後ろ姿に、
また頭を下げた。



花が薫る。
今朝咲き初めて、
今日の愛に咲き誇る花が、
胸に飛び込んできた。



「ねぇ、
 今は〝海斗〟でしょ?」

お前は囁く。

「ああ、
 海斗だ。
 瑞月、
 待ちかねた。」

抱き締める腕に薫る俺の花よ
俺の瑞月。
俺の瑞月だ。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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