この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




左大臣様は、
言ったの。

「どうかな。
   あっしらも、
   この物産展には
   関わりがある。

   手助けできることは
   してぇんだよ。」



お雛様も
大将さん二人も
じっと
聞いていてくれた。


お客様は来ない。

何の障りもない。



〝物産展に紙は難しいよ〟
叔父さんが
目をしばたいて言っていた。


お隣のブースでは、
くるくると回る撹拌器が、
何か楽しげに呼び掛けてる。
できるよ。
できるよ。
待っててね。

知ってる。
私も泣いた。
昨夜みんなで語り合ったから。

牛たちは、
あの日から1ヶ月ほどして、
連れて行かれた。

横で頑張ってる小父さんは
最後の日まで
牛たちを世話して
見送って
男泣きに泣いたんだよね。


小父さんが
一生懸命育てた牛さんのミルクからできるバターやチーズ。
どんなに美味しいか
私も食べたいもの。


た、たくさん、
たくさんお客様が来たよ。
会場にいっぱい、
溢れそうなお客様が来たよ。

食べてもらおう。
食べてもらおうね、小父さん。



で、
でもね、
私のお父ちゃんもね、
頑張った。
頑張ったんだよ。


もう一度始めるって
どんなに大変か。

大変で
大変で
やっと作業場を再開したら
病気になってた。





黙り込んだ私の目から
涙が零れそうになってた。

だめ。
だめだ。
泣かないって決めた。

お父ちゃんの〝紙〟ちゃんと
知ってもらうまで
泣かないんだ。



顔を上げた。
「だいじょうぶです。
   ‥‥‥‥‥‥。」

言葉は続かなかった。


だって
お雛様と目が合ったから。
だって
だいじょうぶなんて嘘だったから。



お雛様がね、
小さなお顔に真剣な目を輝かせて
言ったの。


「お姉さん、
   僕のお母さんね、
   あの日に死んじゃったの。

   マグロ切ってる海斗もね、
   大切な人が死んじゃったの。

    すごく悲しかったけどね、
    今、
    ちゃんと生きてこうねって
     話してるの。

     マサさんは、
     なんでも知ってるんだよ。

     きっと僕たち役に立つよ。」




私は話した。
兄のインフルエンザ。
実演販売の中止。



一通り聞き終わると、
左大臣様は、
にっこりした。

「お嬢さん、
   あっしに法被を貸してくんな。」


左大臣様は、
さっ

法被を羽織った。


か、格好いい!

そして、
大将さんたちを呼ぶ。

黒スーツの大将さんは、
お雛様のところに戻り、
ジーンズにジャケットの大将さんは
駆け出して行った。


「行きまっす!」
威勢がいい。

黒スーツ大将がお財布担当みたいだけど、
ジーンズ大将が世話役みたいなのに、
お雛様はにこにこ手を振ってる。

な、何が始まるの?
私は、
ただドキドキしていた。





左大臣様が
ずいっ

店の前に立った。

小さな体が
ぐわっ
て膨らんだ‥‥みたいに見えた。


ぱーん!


手を打つ音が
びんびんと会場に響き渡る。

「さて、お立ち会い。
   今日お集まりの皆様に
   申し上げまする。」

祭法被のおじいさんの
渋くて
張りのある声が
みんなの耳と目を引き付けた。


ぐるりと
周りを眺め渡すおじいさんは、
誰かが抜けるなんて
考えてもないみたい。


そして、
ほんとに、
誰も抜けたりしなかった。


さっと
おじいさんの手が上がる。

あれ?
いつの間に持ち出したんだろう。
お父ちゃんが
最後に作った紙衣がその手にあった。

「本日、
   この会場を満たしますは、
   いずれを取りましても
   みちのく自慢の逸品揃い。

   目ん玉しっかり開けて
   隅から隅まで
   お見逃しなくごろうじろ。

歌うみたいなリズム。
ぴしっ

決まる腰。

格好いい。
このおじいさん、
スーパー格好いい!

エスカレーターから上がったお客様たちが、
集団でこっちに動いてくる。


「では、
   一つ〝みちのく〟の
   その名を戴く品を
   ご覧に入れよう。

ばっ

紙衣がその手に開いた。


錦秋の金色に緋色。
山々は紅葉に燃えて
里は稲穂が頭を垂れる。


みちのくの秋だよ。
うっとりと
お父ちゃんは言った。



「古来、
   みちのく紙は、
   日本一の誉れ高い逸品だぁ。
 
   知っているかい?
   源氏物語。
   世界に知られた
   あの源氏物語が
   書き付けられたのが、
   この
   みちのく紙だってんだから
   驚きだ。

   はるか京の都の公達が、
   あれ
   みちのく紙でのうては
   かないませぬ~
   と珍重した日本の宝だ。


   さあ、
     寄って見てごらんよ。
   この衣。
   
    まさに
    みちのくの秋だよ秋!!

    いつか必ず五穀豊穣の秋を迎えようと
    みんなで頑張ったみちのくの秋だ!

    それを紙で作れるんだから
    ありがてぇ!!

    衣だけじゃあない
    ハンカチ、
    財布、
    巾着袋、
    可愛いお嬢さん
    綺麗なご婦人にぴったりだぜ。

    さあさあ
    寄ってらっしゃい
    見てらっしゃい」


パチパチパチパチ

拍手が沸き上がる。

拍手の中、
紙衣を
畳む所作まで格好いい。


「これ
   ください。」

「はいっ」


「これ
   お願いします。」

「はいっ」


ブースは、
お客様に囲まれた。



「こちら、
   いただきたいんですが。」

「あ、
   少々お待ちください。」

と振り返った目の前に
ジャケットの背中が
すっ

入ってきた。


「はい!
   承ります!」

「まあ、
   ハンサムな売り子さんだこと。」

「恐れ入ります。」


大将さんは
にこにこお客様を引き受けてくれていた。





ぴーーー

ドンドン
カッカッ

ドンドン
カッカッ

お囃子の音が始まった。
また
イベントかしら。


会場を練り歩いてるみたい。
どんどん
近付いてくる。


ピーヒャラ
ドンドン
ピーヒャラ
カッカッ


ドーン!

太鼓の一打ちに
思わず顔を上げた。


ブースの前に、
お囃子の皆さんが
片膝ついて
畏まっていた。


左大臣様が
腰に手をあて肘を張る。


みちのくにーーー
弥栄あれとーーーー
秋祭りーーーーー

巫様ーー
巫様ーー


お雛様が
お父ちゃんの紙衣を着ている。


後ろから
そっと腕をつかまれた。
叔母さん?
叔母さんが頷いている。



ぱっ

袖で顔を覆う。

ドンドンドンドン

太鼓の低い音が、
お腹に響く。


お雛様は摺り足に
進み出る。

カッ
縁を叩く乾いた音に
ぱっ

袖が開いた。





可愛いいー
キャー

お客様の歓声が上がる。


くるくると舞うお雛様について、
お囃子が
また
動き出す。


「ほれ、
   トムはこの幟を持ってけ。」


黒スーツに法被を着せられた大将さんが、
うちの幟をかついで
お雛様を追っかける。


「さあ、
   頑張りましょう!」

お囃子を連れてきた大将さんが
笑いかける。

お客様は、
引きも切らなかった。



「あら、
   ほんとに柔らかな手触りだこと。」

ふと、
耳に優しい声が飛び込んできた。
年配の女性が
そっと見本の紙を撫でていた。


「ありがとうございます!」

嬉しかった。

女性がふと目を上げる。
ブースの奥には
お父ちゃんの写真が
飾ってあった。


「お父様に
   よく似ておいでですね。」

優しい声の人だった。


私は泣いた。
初めて泣いた。

たくさんの
たくさんのお客様に囲まれて泣いた。

大将さんと叔母さんが
他のお客様を
引き受けてくれた。


年配の女性が
私の手を
優しく撫でてくれていた。


ありがとう
ありがとう
ありがとうございます!


お父ちゃん、
お父ちゃんの〝紙〟
やっぱりすごいよ。


頑張っていれば
道は開けるさ

お父ちゃんの声が聴こえる。

お父ちゃん
私、
今、
道が見える。
ちゃんと道が見えるよ。




画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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