この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。







⭐高遠 豪

ごった返している。
まるで暮れのアメ横にいるみたいだ。

総帥のマグロに、
みんな夢中だ。

切り分けたマグロを
待ち受けた職人さんたちが
小皿に載せていく。
それを嬉しそうに貰うパパと子供たちだ。



が、
女の人って、
わからないなー。



海斗さんの前に長蛇の列だ。

「どうぞ」

「キャー!
   ありがとうございます!
   頑張ってくださーい!」



その無愛想な
いや
不器用な一声に
卒倒しかねない盛り上がりっぷり。




「瑞月、
   離れるなよ。」
トムさんは
瑞月の肩を抱き寄せて
油断なく周りを見回す。



イベントの終了と同時に
集まったお客様がどっと動き出して、
マグロと海斗さんの周りは、
ぎゅーぎゅー詰めの満員電車みたいになってる。



「うん。
   すごいね。
   でも、
   ‥‥‥‥どうして海斗んとこ、
   女の人ばっかりなの?」


海斗さんも
そう思ってるかもな。

うちの母さんなら
どうするかな。
やっぱり海斗さんから貰いたいかな。
‥‥‥‥並ばないよね、父さんいるし。



濃紺の作務衣。
寛げた襟元から逞しい首が見える。
その上に、
影のある端正な顔だ。
端正なって、
こういうのを言うんだな。



何より
ため息が出るのは、
そのオーラだ。

オーラなんだよな。
海斗さんは、
人を引き寄せるものが凄すぎる。

瑞月にしか興味ないのに、
無駄に寄せてしまうんだから、
本人も困ってるんじゃないだろうか。




「西原!
   俺は司令室に行く。
   ちょっといいか。」

伊東さんに呼ばれ
トムさんが
瑞月の肩を離した。


「瑞月
   おいで!」
俺が呼ぶと、
素直にこちらに踏み出そうとする。


その時だ。

「こちらにお並びください。
   係員の指示にお従いください。」

余りの混雑に
アナウンスが入った。

ざざっ

人波が動く。



あっ

思ったときには
瑞月の小さな白い顔は
見えなくなった。


「瑞月!」

俺の声に
トムさんと伊東さんが振り返る。

俺たち、
三人とも血相が変わってたと思う。




⭐瑞月

たけちゃん!
たけちゃんが見えない。

たけちゃんとこに行きたいのに
目の前が人の背中だらけに
なっちゃった。

よろけたんだと思う。
だって
僕、
そんなに背は低くない。


肩が押される。
みんなが横に動いてく。
体がまた斜めになる。
背中がぎゅうって押される。
足がもつれる。


倒れる!
いやっ!


「お止まりください!」

海斗‥‥?
海斗の声がした。
流れが‥‥‥‥止まった。



ふわり
僕、
抱き止められた。

知らない匂い。

足が床に着いた。
手を引っ張られる。
ぐんぐん抜けて行くよ。
大波小波の中をするする抜けちゃう。


ぷわっ
ふー

やっと息がつける。
僕、座らされた。
えっと窓んとこだ。



「大変な人混みだ。
   だいじょうぶ?」

「あ、ありがとうございます。」

優しい声。
もう手を離してくれてる。
僕、
見上げてみた。


わー綺麗な人!

髪が肩までサラサラって
流れてる。
切れ上がった目が綺麗。
僕のお化粧みたいに
ちょっと紅を引いてる。

和服の男の人って
おじいちゃんしか見たことない。


えっと羽織に模様がついてるよ。
剣?剣みたいなのが
組み合わさってる。




「若!
   そろそろ。」

黒い人だ。
伊東さんみたい。




ほっぺに
手が触れる。
冷たーい。
ぴくっ
てしちゃう。


背が高い。
海斗くらいある。
見下ろされる感じ、
そっくりみたい。


「さっきの舞いは
   見惚れたよ。

   こうして話せて
   私は嬉しい。」


深い深い眸が
僕を見詰めてる。
するっと入り込んでくる感じ。
ドキンてする。


「あ、
   ありがとうございます。
   僕も嬉しいです。」


ちょっと高めの澄んだ声。
音楽みたい。

ん?
僕、聞いたことある?
えっと
えっと‥‥‥‥。






「ありがとうございます。
   自分では間に合わないところでした。」


海斗?
え?
あ‥‥‥‥
ステージを見る。
海斗がいたところ、
違う人がマグロ切ってる。


伊東さん
トムさん
たけちゃん

みんなが来てくれた。



たけちゃんが
そっと抱っこしてくれる。

トムさんが青い顔して
僕を見てる。

海斗と伊東さんが
僕の前に
僕を隠すみたいに立ってる。


「転びそうになってましたので、
   とりあえず連れ出しました。
   先程は
   見事な舞いに見惚れましたよ。

   無事で何よりでした。」


海斗の背中が大きくて、
僕、
何も見えなくなった。
声が遠くなったみたい。

ふっ

楽になった。

え?
苦しかったっけ。




海斗が頭を下げる。
伊東さんが頭を下げる。
僕も慌てて頭を下げた。


顔を上げたときには
和服の綺麗な人は、
もう背中しか見えなかった。
黒い人と一緒に会場を抜けていく。



なんだろう。
僕、
ドキドキするみたい。
えっと、
何か思い出しかけてたんだけど‥‥‥‥。



ほっぺに
手が触れる。
あったかーい。

「だいじょうぶか?」


「うん!」


海斗、
抱っこは?
僕、目を閉じる。


「瑞月!」
「瑞月!」
「瑞月さん!」


たけちゃん
トムさん
伊東さん
三人に
いっせいに呼ばれた。





⭐西原 努

「な、なに?」

瑞月は
びっくりしたように
俺たちを振り向く。

可愛い!
ほんとに可愛い!
でも、
キスは困る。
抱っこもだめ。



総帥が
後ろから肩を抱いた。


「いい子だ。
   無事で良かった。」


伊東チーフも高遠も
もちろん俺も
平謝りに謝った。


「見ていた。
   仕方ない。
   が、
   気をつけろ。」

総帥は落ち着いて
許してくれた。

みんな90度に
頭を下げた。


「あ、
   違うの。
   僕がぼーっとしてて、
   波に巻き込まれちゃったの。

   みんなは悪くないよ。」

瑞月は
困ったように
総帥を見上げる。

ああ
ごめんよ

「西原、
   次はどうする?」

総帥が
俺を振り向く。

俺は答えた。

「警護の引き継ぎを確認してから
   その場を離れます。
   人混みは流れを変えます。
   そこを考えて行動すべきでした。

   次は間違えません」

総帥の目が優しくなる。

「そうだな。
   次は間違えるな。
   失敗から学べ。
   警護は命を預かる。
   忘れるな。」


「はいっ」

嬉しくなる。
この人に認められる警護になりたい。
   

総帥が瑞月の耳に囁く。
肩は抱いたままだ。

「怒っちゃいない。
   警護の仕事だから言っただけだ。

   間に合わなくてすまなかった。
   俺が抱き止めたかった。」

こ、恋人バージョンだ。

「ううん。
   海斗の声、
   ちゃんと聞こえたよ。」

瑞月の甘い甘い声。
細い手が
肩を抱く総帥の手に重ねられる。


あ、
あの、
ここはまずい。

「総帥!
   そこまでで」

伊東チーフが
満面の笑顔で
断固とした宣言をした。

瑞月がきょとんとする。
総帥は‥‥止まった。





「本日はおめでとうございます。
   瑞月ちゃん、
   綺麗だったよ。
 
   海斗さん、  
   そっと見ているつもりだったんだが、
   わしの出番かなと思って
   出て参りましたよ。

   瑞月ちゃんのお供に、
   このじじいはどうですかな?」

渋い
聞き慣れた声がした。


カーキ色の上っ張り。
小柄な体に
くしゃっと笑顔が乗ってる。

ああ、
安心の教室が
デリバリーでやってきた。


「マサさん!」

瑞月の声が弾ける。


「来てたの?」

瑞月はマサさんの腕に
しがみつく。
みんなの級長マサさんの威力はすごい。
恋人バージョンが
やっと消えてくれた。



「ありがとうございます。
   お願いいたします。
   私は
   ついていられない。
   伊東もです。

   有り難いです。」

総帥が破顔する。
ちょっと複雑な気分だ。


「海斗、
   またマグロ?」

瑞月が上目遣いだ。


「海斗は女の人に囲まれると
   僕のこと忘れちゃうみたいなんだよ。」

マサさんに愚痴ってる。

「そうか。
   そうか。
   それは可哀想だよな。」


マサさん、
それ甘やかしすぎ。

「瑞月、
   今日は仕方ないよ。
   よくあの忙しさで
   瑞月を見ていらしたと思うよ。

   びっくりした。」


「うん!
   わかってる。
   嬉しかったもん。」


瑞月は
ぴょんと
総帥に飛び付こうとし、
高遠がやんわり抱き止める。


「瑞月ちゃん、
   じいさんと回ろうか。
   ちょっと勉強もしような。」

「うん!」

マサさんが
瑞月を促して歩き始めた。
高遠と俺は後に続く。

チーフは会場裏の司令室に行くと
マサさんに挨拶し、
離れた。


総帥は
中央に向かった。

キャー
歓声が背中に響く。
ステージに上がったな。


「いいか、
   瑞月ちゃん。

   大好きは
   そっと隠しとくんだ。
   大切なことは
   その人にだけ伝わるのがツボだ。

   たくさん人がいるときは、
   そっと伝える。

   二人だけのときは、
   大胆に伝える。」

「そうなの?」

「そうとも。
   何事も強弱は大切なんだ。
   二人だけのとき、
   ドキドキしたいだろ?」

「うん!」

「じゃあ、
   区別は大事だ。
   な?」


そうだよ。
よく聞いといてくれ。

もう失敗は繰り返さない。
でも、
マサさんは必要だ。
ほんとに上手に教えてくれる。


さあ、
瑞月は披露された。
余所者には気を付けないとな。
あまり近づけると
余計な心配が増える。

さっきの男、
デパートの特設会場には
そぐわない奴だった。
同業者が付いていたように思う。
あんな行列に並ぶ玉じゃない。


瑞月を見ていた?
そんな気がする。

また現れるかもしれない。
現れるなら、
怪しい奴だということだ。
気を付けよう。




画像はお借りしました。
ありがとうございます。




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