この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









信号が変わる。
駅から吐き出された人
駅に吸い込まれる人

眼下に広がるダイナミックな
エネルギーに
俺は武者震いする。

人の川だな。
流れは目的地が作る。
みんなの行きたいところがワンサカあるのが
この街だ。


この流れを引き寄せるんだ。

足を止めてもらう。
見てろよ。



「開店直前から
カメラ回します。

駅前で呼び掛けるんですよね。
事前にこちらで合流ではなかったんですか?」


開店前のデパート屋上。
今日は大切なイベントの日だ。
総帥御披露目に伴い
鷲羽財団あげての被災地支援活動を
企画している。


「各地で継続してきた
ここまでの活動は
映像編集できてますよね。」

「はい。
俺、
これは伝えたい
って思いました。

鷲羽財団、
凄いですね。

あ、
でも……」

「よかった。
万一のときは、
その映像から入りましょう。」

「……もしかして
間に合わないんですか?」


「だいじょうぶ。
万一の場合にも打つ手はある!
それを確認しただけですよ。

予定通りで進めていきましょう。」


俺は、
明るく手を振って
ディレクターから離れた。


このデパートは、
物産展の会場だ。
鷲羽財団の物産展じゃない。
東北一円のそれだ。



午前10時に、
イベント開始の狼煙は上がる。
屋上に立ち働く鷲羽グループ社員は
意気盛んだ。



「そろそろ、
駅に移動します。

皆さん、
今日は、
よろしくお願いいたします!」


はい!
はい!
はい!
………………。


元気な返事が返ってくる。
みんな信じている。
鷲羽は裏切らないんだ。


だから、
ほら、
やっぱりだ!!


「予定通りですよ!
ほら!」


甲高い声が上がった。
わらわらと
屋上の柵に人垣ができようとしていた。


大通りを疾駆するバイクが見える。


「予定通りです。
撮れてますか?!」


〝はい!〟
張り切った声が
マイクから響く。


見る間に近づく雄姿。
こんな高みから見下ろしてさえ、
あなたは格好いい。


漆黒のライダースーツにフルフェイスのヘルメット。

日本人離れした体躯が
ご丁寧に車体まで黒のR1200RTに跨がっている。

地鳴りのような排気音が
ビルの壁を這い上がり
沸き上がる女性職員の矯声が呼応する。



都心に狼王が降臨した。
背には
たおやかなブランカが
ひたと身を寄せている。


「皆さん
さあ!
我らの王の御成りです。

行きますよ!!」


おおっ

やだなー
みんな危ないテンションだよ。

ま、
俺もだけどね。




カメラマンが
ざっ
と姿勢を固めました。


道を埋める人たちがざわめきます。

何?
何かあるの?

そんな人々のざわめきは
高まる地鳴りに吸いとられていきます。


全ての視線が一つに向かいました。


黒い風が
吹き寄せてくるのが見えます。
しなやかに車線から車線へと
風が吹き抜ける。


地鳴り‥‥‥‥。
誇らかに噴き上げる咆哮は
その風が一頭の巨大な狼であると告げます。


流石です。


私も
あなたに従う民草。


さあ
お出迎えしましょう。


優雅に車体は弧を描き、
咆哮は静まります。


代わってのんびりした
信号の調べ


まあ
渡らないの?
皆様。


あちらから
皆様、
渡っておいでになりますよ。


まるで
そこに引き寄せられ
そして威に感じて距離を置くように
人が流れます。


人の動きは川。
あなたの動きは王です。

ここにいる!
そう宣言しているみたいに
浮き彫りになる。


ひらり

瑞月が降ります。


総帥に添ったまま
脇に待つ子の愛らしさ。

差し伸べる手は
まあ
玩是ない子どものよう。


警護にバイクを預け
総帥が瑞月を抱き寄せます。


ああヘルメットですの。
そうですね。
そこで取りましょう。


ヘルメットから現れた小さなお顔。
ぷるぷると頭を振り立てます。
皆様がお笑いです。


可愛い
可愛いなぁ
きゃっ可愛い
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


ほんとに可愛いこと。


そして、
総帥を見上げるのね。
まあ
ドキッとしますよ。


眸が艶めいてます。
頬は上気して色づく。
唇は形良く結ばれる。
仰向いたあなたのあごのラインの
なんて繊細なこと。


総帥、
御自分も取ってくださいね。
はい
ありがとうございます。



黒は戦の装い。
うちの最強の戦士は王その人です。
端正な顔に
はらりと乱れかかる髪が
先程までの咆哮を偲ばせる。


鍛えられた肉体が
黒い革を筋肉の躍動美に波打たせる。
その腕にある白の眩しさ。
黒を恋うる白は、
その胸に身を任せる。


息を飲む美しさ、
一幅の絵です。


さあ、
二人は動いてなお美しい絵となります。
ここにいる皆様全て
連れてきてくださいな。


周りの視線など意に介さない王の威風が
辺りを払う。

美神の顏(かんばせ)が
腕の中の少年に微笑みかけ、
その細腰を抱くと
その歩む先に一条の道が浮かびます。



シャン!

駅前の一角から
高らかに鈴の音が響き渡り、
深紅の猩々に扮した子どもたちが
舞い始めました。


瑞月の顔が輝きます。
舞いたい?
うずうずするのね。


人が
駅から溢れてくる。
溢れて横に割れていく。


流れは
作られた方向に素直に流れるもの。


目の前を駆けてゆく白い衣の天使に
悠然とそれを追う黒い狼。


現実離れした異界の住人に
見えるでしょう?
何を見ているのか、
すぐに教えて差し上げます。


二人が通り過ぎた後を
人々が埋め尽くしていく。


小さな猩々たちの横に
嬉しそうに見詰める瑞月が見えます。
追い付いた総帥に肩を抱かれ
瑞月は一心に子どもたちを見詰めます。



さあ見て!
私たちの王と巫です。


舞いが終わると
瑞月は手を叩きます。
拍手は人波を渡り広がる。

そう
いいですよ。


総帥がマイクを持ちます。

低く響く声が
拍手を終えた人々を捉えます。

「鷲羽財団代表
鷲羽海斗です。

本日は
福島、宮城、岩手、青森の皆様を迎え、
東北に実った宝を
皆様にご案内するため
参りました。

人の力はすごい。
本当にすごいものです。
立ち上がり、
歩き続け、
今、
東北は発信しています。

東北の農業、
東北の漁業、
日本の台所を支えてきた東北は
健在ですと。

物を動かし
人を繋ぐお手伝いができたらと
こうして参りました。

今日の物産展に
ご紹介する産物には
思いが籠っています。

なんと表したらよいか
迷っていましたが、
昨夜、
一人のご老人とお話して
分かりました。

自然と人の再生への祈りです。
共に生き、輝く道を
一心に進んできた方々の祈りが
籠っています。

さあ、
お借りした三都デパートの
開店が間もなくです。

ご案内致します。」


総帥が
さっ

手を挙げます。


その手の先へ
人々の視線が伸びました。


シュルシュルシュル
パーーーーン‥‥!!

上がる花火に
無数のバルーン

総帥が手を差し伸べ
瑞月がその手をのせる。


「海斗、素敵!」

瑞月の声が
人々を微笑ませます。


王に寄り添う天使の愛らしさ。
総帥、
お見事でした。


総帥の目が
私を探し
黙礼なさいました。
私も礼を返します。

瑞月が気づき
嬉しそうに手を振ります。
私も小さく振り返します。


咲は
信じておりましたよ。


サーッ

開くデパート正面入り口は
さながら王の帰還を迎える居城の風情。


始まりは上々です。


総帥、
私は先にパーティー会場に参ります。
お待ちしていますからね。






画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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