この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









〝お風呂、
準備整いました。
温かくお入りくださいな。

瑞月ちゃん
今日は
ほんとにありがとう。
神様を見せていただきましたよ〟

囲炉裏端に座る俺たちに
コテージを回ってきた奥さんが
声をかけた。


とろとろと眠る瑞月を膝に
午後は老夫婦の過ごす母屋に
過ごした。


古民家だ。
温かな日差しに
春の風を感じながら
俺は幸せを
また
知った。


瑞月、
お前の寝顔が
こんなに幸せを運んでくる。



共に死んでやることは、
お前が俺の手を取ったあの公園で
既に決めていた。


共に生きようと願うことは、
ときに余りにも苦しかった。

共に死にたいと、
幸せな今
全てを終わりにしたいと、
何度思い描いたろう。




風が暖かい。


共にあることは

こんなにも
穏やかだ。





舞い終えて
老夫婦に深々と頭を下げるお前は
背にある桜が生み出した
幻のようだった。



〝踊ってって
踊りたいからって
聞こえたんです。

お礼をしたいからって。〟



礼を終えたお前は、
無邪気な子どもに戻り
老夫婦のお辞儀に
もじもじした。


桜の願いに応えられたことを、
老夫婦の喜びに感じたお前は、
頬を染め、
はにかみながら、
自分の命を確かめていた。



生きてる
生きてるよ
生きていくんだよ


お前は、
ちゃんと歩き出した。
俺は、
その願いに応えるだけだ。
鷲羽の魂は、
お前なんだから。




心尽くしの夕食を終え、
老人の釣り自慢に
瑞月は、
眸を輝かせた。


「無駄に傷つけない。
いただく分だけをとる。

だから
ずっと海で暮らせるんですね。」


瑞月が
勢い込んで確かめている。

老人が
我が意を得たり!

笑う。


「瑞月ちゃんは
賢いですね。

そうです。
私らは、
そんな風に生きたいと
思いました。

海と仲良しになって、
海に慰められたい人を
優しく迎える宿にしたいと
考えたんですよ。」





囲炉裏端に
ちょこんと座るお前は
無邪気で愛らしい。


舞うお前は
神の姿を映したように
清らかで犯しがたく、
こうしているお前は、
ただただ可愛い。



俺は、
もってきたものを考えていた。
俺は、
何をしたいんだろう。


老夫婦と過ごした
穏やかな1日は、
俺の背を
明日へと優しく押してくれた。


だいじょうぶ
二人で
歩いていける。


そうだ。
今こそ自信をもって言える。
二人あることが
空気のように自然だ。
〝さあ
共に歩いていこう〟


俺は、
明日を前に
そう言いたいんだ。




奥さんの声に、
老人が言葉を添える。


「大切な時間が
待ってます。

ここからは
二人で過ごすんですよ。」


「大切な時間?」


瑞月が
小首を傾げる。

瑞月は
俺が電話するのを
そっと見ていた。
そして、
ほっとしていた。



咲さんが
用意してくれたことと
思っているだろう。


違うよ、瑞月。
俺だ。
俺が考えた。




コテージには、
源泉掛け流しの湯がある。


小さな湯殿は、
湯煙が絶え間なく上がり
窓は白く、
天井は湯気に霞んでいた。


「一緒だね」

甘えるお前の額にキスをして
黙らせる。


〝ここではしないよ〟
額のキスは、
〝我慢〟を伝える愛の言葉だ。




パチャン
洗い上げたお前を
抱き上げ
湯に身を沈める。


たださえ軽いお前が
ふわっ

重みを消す。


思わず
その頬に手を添えて顔を覗き込む。
確かに腕にあるお前を
確めてしまう。


俺は、
やはり儚いお前を
忘れられないんだ。



ほんのりと朱を刷いた肌。
さらに上気して
輝く頬。
唇は紅に艶やかだ。

そして、
眸。
ひたと俺を見上げる双眸に溢れるもの。


もう
心の動くままで
いいだろう。


俺は、
そうしたい。


唇を寄せれば
お前は目を閉じる。


大切だ。
お前が大切だ。
その思いを込めて接吻する。


静かに唇を離すと
お前は囁いた。

「海斗……どうしたいの?」

「上がろう。」


今度は
抱き上げない。

そっと下ろしたお前に
手を差し出す。

立ち上がるお前の体を流れ落ちる湯は、
灯りにきらめく
透き通った衣だ。

華奢な腕は
なだらかな肩に繋がり、
その胸のつんと上向くピンクは、
ポツンと輝く珠を落とす。


湯に足を取られ
微かによろける腰に
そっと手を添えた。


大切だ。
この美しい肌のどこにも
傷一つ付けさせない。


俺の手にある指先は、
爪の仄かな紅まで繊細にできた細工物のようだ。


僅かな力で砕けてしまいそうで、
俺は自分に怯えるほどだ。


俺に身を寄せ、
導くままに
お前は歩を進める。



脱衣場に戻り、
頭を拭いてやると、
お前は
自分もタオルを取り上げる。


「僕にもやらせて」
一生懸命背伸びして、
お前も俺を拭こうとする。


くすっ

笑いが洩れる。


何時の間にか
俺は笑っている。


屈んでやり、
拭かせてやり、
捕まえて
しっかり拭き上げて
バスローブを着せた。


「行くぞ!」

もう一度手を差し出すと、
嬉しそうに握る。



二人
手を繋いで
暖炉の前に戻る。


すでに
寝具は用意されていて、
俺たちは
布団の上に並んで座った。


パチパチと
薪のはぜる音がする。


「あのね……。」
「瑞月……。」


二人、
声がかぶり、
また笑う。


俺は緊張しているんだろうか。

「瑞月、
頼みがある。」


俺は言い出した。
ああ、
ドキドキする。

こんな言い方でいいんだろうか。


「なあに?」

瑞月が
俺を見上げる。

白いバスローブが
華奢な体を際立たせ、
いつにも増して可愛い。


ええい!

俺は立ち上がり、
積んできた荷物を初めて開けた。

着替えと一緒に詰め込んできたんだ。
それを包んであった紙ごと、
そっと一番上に乗せて蓋を閉じたんだ。


その紙を見て
あっ

お前は気がつく。


ガサガサと開いた。



「つけてくれないか。」

声が詰まって
これだけ言うのが
やっとだった。



「……うん。
海斗、
手伝って。」

小さな声が
俯いた俺に届く。




そっと広げ
ふわりと
瑞月を覆った。


額から前に垂らしたベールに
顔は隠され、
頭から流れるベールに
白いバスローブは覆われる。




「瑞月、
いいか?」

俺は尋ねる。
何回尋ねても不安になる。
本当にいいんだろうか。



「いいよ。」

瑞月の声も
なんだか
くぐもっている。


もう
やるしかない。
これをしたかったんだ。


深呼吸し、
そっとベールを上げる。


息を呑む。


瑞月が
泣いていた。


その涙を指で拭ってやる。


「海斗……。
ずっと一緒だよ。」

瑞月が囁く。



「ああ、
ずっと一緒だ。」


俺はキスをした。
厳粛なキスをした。

衣装合わせの夜にはできなかった
大切なキスをした。

「瑞月、
大切にする。

お前が俺のパートナーだ。」


俺の声に、
お前が静かに泣いている。

「嬉しいんだよ」


そう言いながら
泣いている。


ベールごと
瑞月を抱いて
俺は繰り返した。


一緒に生きて行こう。

うん

ずっと一緒だ。

うん

……………………。



純潔の純白に身を包み、
お前は俺の腕の中にいる。


瑞月、
お前ほど穢れないものは
この世にない。

俺は
お前を愛している。


俺が共に生きていくのは、
お前だ。


明日を前に
それを
お前に伝えたかった。


純白のベールを纏うお前に
伝えたかった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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