黒猫物語 阻止せよ 13
NEW! 2016-09-19 18:36:00
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





「瑞月君、
いた
いた!」


食堂の空気に
〝圧〟

かかる。


でかい声。
無駄な求心力があるんだ。
明るすぎる電球だな。



校長先生の登場だ。




占める体積も
オーラも
重量級。


談話室を兼ねる食堂が
やたらに
狭くなった。




スタスタ近づいて
テーブルに手を置く。


置くやいなや
ずいっ

瑞月に体を寄せる。



瑞月って
校長の半分もないなー。




とぐろを巻いた
ニシキヘビが
いたいけな仔猫を
丸呑みにしようとしてるみたいな風情だ。


「4人とも聞いて!」


ニシキヘビは
声を潜める。



俺たちは
また
頭を寄せた。



ニシキヘビは囁く。



「病人が出たの。
鷲羽さんも
病院まで付き添われるって。


鷲羽さんが
こちらに戻るまで
あなたには
学校で待っていてほしいそうよ。


で、
マサさんにも
伝言頼まれたんだけど……」



マサさんが
にやりと笑った。


至近距離で見ると
凄い迫力の笑顔だ。


「承知した」

お、男の声だなー。



で、
くるっ

顔が変わる。


目尻が下がるし
口許は緩むし
や、や、優しそう。


「瑞月ちゃん、
この爺さんが一緒でも
構わないかい?

瑞月ちゃんの側には
誰かいなくちゃならないんだ。」


甘い甘いおじいちゃんの声。




「……う、うん。
僕、
待ってればいいんだね。」



瑞月は
一生懸命
確認するみたいに
聞いている。


「そう
そう
待ってれば
ちゃーんと来てくれる。」


マサさんは
上機嫌に
瑞月の頭を撫でている。




「俺、
付きますよ。」

俺も申し出た。



研修に徹しろとは
言われたが、

仮にも
鷲羽の中枢を守る精鋭部隊の一員だ。

その中でも、
選抜され
訓練され
班を任された男だぞ。





マサさんが
チラと
俺を見る。


「必要なのは指揮官だ。

だから俺だ。

お前ら二人とも
まだ兵隊さ。」




高遠が
顔を上げる。


「倒れたのは、
伊東さんですか?」


校長が
さらに頭を低くし、
俺たちも
さらに頭を寄せた。


「そう。
だから、
頭がいないの。

たける!
あんた
やたら頭が回るように
なったじゃない。

水澤先生が
喜ぶわ。
あんた、
彼の希望の星よ。」


な、
なんで、
高遠ばっかり褒めるんだよ?!


「トム!
不満たらしい顔すんな。

お前はお前のできることを
やりゃあいいんだ。

頑張んな。
見ててやる。

このマサが見ててやるんだ。
不足はあるめえ。」



…………え?
え?
ほんとにー?!


マサさんが
そう言ってくださるんなら!!


「ありがとうございます!」


俺、
頑張れる!!




丸々太った校長は、
時計を見上げた。


「じゃ、
私は戻るから。

瑞月ちゃんは
水澤先生の部活だから
音楽室で活動ね。

あとはよろしく!」


校長が消えると
空気が薄くなったみたいに、
〝圧〟

消えていた。


やれやれ。
存在感ありすぎだろう。







「瑞月、
だいじょうぶだよ。

伊東さんはタフだ。」


いかん!

肝心なのは、
瑞月だ!!



俺たちの姫は、
忠義な家臣が倒れたと聞き、
既に涙を溢れさせていた。


「僕、
伊東さんの病院に
行きたいです。」


瑞月…………。

いい子だ。
天使だ。

やっぱり
天使だ。


でも、
君を守るには
それは
できない。


「瑞月、
伊東さんは
俺たちの大切な人だ。

俺は
瑞月の気持ちが
すごく嬉しいよ。


でも、
伊東さんは
瑞月を守りたくて
頑張ってたんだ。

だから、
瑞月は
絶対に安全だって
伊東さんに
思わせてあげたい。

瑞月がいたんじゃ、
伊東さん、
起き上がっちゃうよ。


病院なんて
下調べしてないし、
誰でも入ってこれるし、
伊東さんが
安心できない。」


俺は
一生懸命
天使の顔を見て
しゃべった。


ああ
ちくしょう


天使の泣き顔が
痛いぜ。

涙ぼろぼろ
って
フツーこんな可愛いか?



「僕の……
僕のせいだよね?」



いや、
たぶん
総帥のせいだと
思うけど。



「西原のせいじゃないか?」



マサさんが
軽ーく
言う。


ひ、酷い……。
〝見ててやる〟んじゃないんっすか?!



あ、
あ、
でも、
瑞月のせいになるくらいなら……。



「そうだよ!

俺、
失敗ばっかしてるから
俺のせいだよ!

伊東さん、
俺のために
土下座までして…………。」


俺は
勢い込んで話した。

でも、

話し切ることも
できなかった。




ウッ
ヒクッ
ヒクッ


嗚咽に肩が震えている。
可愛らしい手が
顔を覆った。


ほ、本格的に泣き出した!!




「ごめんなさい
ごめんなさい

トムさん、
叱られたの…………僕のせいだ……。

ごめ……ウッ……ごめ……ウウッ……。」



俺の天使は
ほんとに
迷子の仔猫ちゃんに
なっちゃった。




「ち、違う…………。」

俺は
呆然と
天使の泣き顔を見詰めた。


天使を泣かせた
俺が泣かせた。


痛い
痛い
胸が痛い

ぶっとい杭を
打ち込まれたみたいに……痛い。






マサさんが
静かに
瑞月の頭を撫でる。


「そりゃあ、
違うぜ。



トムのことじゃあ、
伊東さんは
瑞月ちゃんに
感謝してる!



この唐変木が
どんだけ変わったか
分かるかい?


こいつは、
人の気持ちってやつを
考えるように
なったんだ。


かっちゃんを手伝った。
みんなに歌を教えた。

今だって
自分が悪いって認めた。




大した進歩だぜ。
瑞月ちゃんの大手柄だ。



俺の目はな、
節穴じゃねぇんだ。

伊東さんの目もな、
節穴じゃあねぇよ。




こいつは、
瑞月ちゃんが変えたんだ。
こいつは、
瑞月ちゃんを守りたいから
変わったんだ。


だからな、
伊東さんは感謝してる。


それにな、
これほど
自分を守ろうとしてくれる奴は
信じてやらなきゃダメだ。


トムが言うのは
本当だ。

安全管理ってやつだ。
血の通った安全管理だぜ。


安全野郎の寝言じゃあない。


伊東さんの気持ちも
瑞月ちゃんの気持ちも
一生懸命考えた安全管理だ。


言うことを聞いてやんな。」



迷子の仔猫ちゃんが、
コクン
コクン

頷いた。



ま、まだ泣いてるけど、
頷いてくれた!!



よし!
よし!
よかった
よかった



ん?

高遠?


だ、だ、抱っこかよ?!


いつの間にか、
高遠の奴が、
椅子を近づけて
瑞月を抱き寄せていた。




「海斗は……
来てくれる?」



「必ず来るよ」



「伊東さん……
だいじょうぶ?」



「だいじょうぶだよ。」



「海斗に
帰ってきてほしいなんて……
僕、
わがままだよね。」


「わがままじゃないよ。」


「僕、
伊東さん、
心配なのに、
海斗の側にいたいんだ。」


「海斗さんは
瑞月の一部なんだよ。

なくてはならないんだ。

わがままじゃないよ。」


「伊東さん……だいじょうぶ?」


「だいじょうぶだよ。」


だいじょうぶ

だいじょうぶ


…………………………

ダイジョウブ


ダイジョウブ


ダイジョウブ


ダイジョウブ




ダイジョウブ




高遠が

高遠が
瑞月を抱っこしてるのが

なんか

なんか

邪魔しちゃいけない感じで…………

俺は

じっと

ただ
じっとしていた。



さわっちゃだめだった。


声かけちゃだめだった。


〝ダイジョウブ〟って
大切な
おまじないだ。


そう思った。




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