黒猫物語 おまけ 阻止せよ<幕間>
NEW! 2016-09-11 09:43:02
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





ドアの前で
様々に逡巡したが、
開けてみれば、
事は自然に流れ出した。


チーフ……総帥は、
スーツをお召しになっていた。



「伊東、
後は頼んだ。

訓練評価は
作成して警護のフォルダーに
入れた。

確認してくれ。

こいつらは
すぐ回復する。
警護を継続しろ。

俺は校長に謝罪に行く。」



まったく平静なお姿だ。


俺は
思い切って聞いてみた。


「あの、
なぜ訓練を?」





総帥は
表情を変えない。


「俺自身で
確かめたかったからだ。

瑞月は
だいじょうぶか。



すまなかった。
自分を抑えられなかった。
迷惑をかけた。

最初に
謝るべきだったな。
申し訳ない。」


総帥が……、
総帥が頭を下げる。



「とんでもありません!」

俺は
思わず
総帥の手を両手で握った。



総帥が顔を上げ、
俺の顔を見てくださった。



俺は、
図々しく
総帥の手を握っていることに
初めて気づいた。



飛び下がり頭を下げだ。



「とんでもありません。

ご心配をかけるような警護を
申し訳なく……


申し訳なく
思っております!」


下げた頭に
総帥の声が優しかった。


「お前には
いつも
甘えてしまうな。

許してほしい。
頼りに思っている。

では、
行ってくる。」



〝キャー
すごーい!

かっちゃん
数学、天才!!〟


瑞月さんの声が
室内に
響いた。



総帥の足が止まる。


俺は
恐る恐る
画面を見た。


クラスは
盛り上がっている。


西原が…………幸せそうに
抱きついた瑞月さんの背に
腕を回している。


〝トムさん
すごーい!

トムさんのお陰だよ。
ありがとう〟


ピョンと
西原の腕を抜け
女性たちと跳び跳ねる。


高遠さんが
瑞月さんの肩を抱き
瑞月さんが西原に手を差し伸べる。



総帥は足は動かない。


「伊東」

「はい」

「瑞月が
俺だけに
許すものは
何だ?」


え?
え??

抱っこは……お、俺もした。



「キスでしょうか。」

「さっきも
していた、西原の頬に。」


背筋が凍る。


「頬には
誰でもするものです。

唇は神聖なキスだそうです。」


「高遠は唇にキスされている。」



………………………………。


「あ、あの…………。」


「服だな。

服の下にキスできるのは
俺だけだ。

…………服か。」



お、俺……全裸の瑞月さんを
風呂場から出すとき、
さ、さ、触ってる。


あ、あ、い、言えない……。


「伊東」

「はい」

「お前を信用している。

あのとき、
聞かなかったが、
俺は
瑞月に
バスタオルを巻いて運んだ。

そうだな?」



声が
すごく優しい。

目が
すごく深い。


吸い込まれるようだ。
吸い込まれ、
俺は正直になる。


「……はい。
バスタオルを巻いておられました。


で、
でも、
お湯から上げるときは……
その…………。」



目の優しさは
俺を包み込む。



「分かった。
見たんだな。
気にするな。

高遠は
瑞月の全身を
洗ってくれている。

伊東だけじゃない。
だいじょうぶだぞ、伊東。」


だいじょうぶだぞ、伊東

だいじょうぶだぞ、伊東


何だろう。
声が
まるで糸のように絡み付く。


腕が
うまく動かない。

足が
前へ踏み出せない。


舌が
舌が縺れる。


「そ、総帥…………。」

「行ってくる。」


総帥は
出て行かれた。




微かな呟きが聞こえてくる。

夏だ

夏はどうする?

長袖……長袖を着せておこう。


総帥は…………余りにも…………
余りにも純粋で
余りにも危険な方だ。


イラストはwithニャンコさんに
描いていただきました。