黒猫物語 小景 始業の挨拶
NEW! 2016-09-03 08:02:22
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





教室のざわめきは
8時を過ぎると
一気に増えていく。


私は
教卓横の
側机について
耳を澄ます。


マサさんがいる。

ここの在籍は
11人に増えた。


その11人が
マサさんを中心に
輪を作っていく。


おや?

感じると、
マサさんが拾う。



「どうしたい?

時化たツラしてるじゃねぇか。」


介護認定か。
介護レベルは家計を左右する。

学校生活は
先行きを考えたら必要な投資だが
家族の今は切迫した問題だ。


「レベルは
上がらなかった。

が、
下がりもしてねぇ。



頑張ろうぜ。

先の実入りを考えたら
今が
頑張りどころだ。」


マサさんは
温かい。



いい声の方だ。

人を動かし
人を守ってきた人間の声を
お持ちだ。



先週の一幕からして
…………それなりの経歴も
お持ちだ。
世の裏側を知っておられる。




おタカさんが承知だろう。
必要なら
いつか
聞ける話だ。


クラスには
関わりない。


クラスには、
有り難い方だ。





私は
視覚を失った。


が、
今、
マサさんを通じて
朝掴むべきものは
サラサラと手に落ちてくる。



ザワッ

急な沈黙が落ちる、

警戒心?




「かっちゃん?」

高遠君の
曇りない声が響く。


え?
というザワッ。


そして、
広がる。


高遠君の
曇りなさに
明るさが広がっていく。




かっちゃん……?

ああ
かっちゃんだよ


かっちゃん

かっちゃん

かっちゃん




皆が
椅子を引き、
机の間を抜け、
教室後ろに向かう音がする。


私も
立ち上がる。






「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


皆の〝おはよう〟の輪が
できている。




まだ
返す〝おはよう〟は
聴こえない。




輪の中心に
温かな人の気配がある。




「ありがとう
ございます。

よろしく
お願いいたします。」




私は、
お母さんの声の脇の
もじもじとした
微かな息遣いに向き合った。




皆は
すっと
静まった。



私を待って
囲んだまま見詰めているようだ。




優しい
ウキウキした息遣いの輪の中に
私はいる。



抑えきれないワクワクに
ウフフ
クスクス

声を噛み殺すのは
アキさんとサヨさんだ。





私は
かっちゃんの肩を抱き、
その腕を辿り
両手を捕まえた。




まず
指文字で

「お・は・よ・う」

挨拶した。




かっちゃんの指が
動き出す。

「お・は・よ・う」




私は
一音一音を復唱した。




輪が
歓声に弾ける。




高遠君の

せーの!!

が一段高い明るさに
教室を満たした。




おはよう




一斉に掛けられた挨拶に
かっちゃんの体が
震える。




皆は
固唾を呑んで
かっちゃんの〝おはよう〟を
待つ気配だ。





かっちゃんの震えは、
嬉しさと緊張だな。
緊張も
かなりのものだ。





もう一押し欲しい。

それとも

〝待ってるよ〟のサインか。





どちらに…………。

瞬時躊躇った。





その瞬間だ。




「かっちゃん?」



可愛らしい
無邪気な声が響いた。


パタパタと駆け寄ってくる
小さな足音。


瑞月君だな。
こらこら遅刻ギリギリだよ。





柔らかな
優しい気配が
私の脇に
滑り込んだ。


「わー

やっぱり
かっちゃんだね

かっちゃん、
髪の毛切ったんだ。
ビックリしちゃった。

おはよう!」




この子は…………。


姿を、
何で捉えているのだろう。



視覚では
皆が
戸惑った。


視覚ではない
何をもっているんだろうか。


姿の変化など
この子には
関係ないようだ。



天使の感性だな。
天使の無邪気が
人の壁を突き崩していく。



一押しは来た。



瑞月君は、
かっちゃんを
見上げてる。


声の角度が
かっちゃんに
ぴったり寄り添う瑞月君を
教えてくれる。


お……お……おはよう


小さな
掠れた声が
かっちゃんの喉を震わせた。



うん!
おはよう!


瑞月君の
嬉しさ一杯の返事が
弾ける。



お……おはよう……

かっちゃんの顔が
仰向いた。

顔を上げて
返事をしている。


再度の歓声に
教室は
割れんばかりに
包まれた。


キーンコーンカーンコーン…………。


始業のベルだ。

級長マサさんの声が響く。


「席に着け!」


ザーッ

皆が動いた。


気持ちよい一瞬の静寂。

起立!

おはようございます!!

礼!!!


さあ
今日を始めよう。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。