黒猫物語 外伝 抜き身 1
NEW! 2016-08-24 13:17:41
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





灰色にくすむ外壁を
吐きかけられた吐瀉物が
打ち付ける雨に
流れ落ちる。


雨に濡れそぼつ
細身の体が
路地裏の真ん中に
真上にかかった満月の光を集めて
ゆらりと立っていた。



制服らしき
半袖の白いYシャツ
黒のパンツ




僅かに俯く頬に
後れ毛が張り付き、

その眸は
垂れた前髪の
月光の影に隠れている。





無駄な力の抜けた
しなやかな体は

月に刻まれた陰影に
美しい刀身を思わせた。





足下に
蠢く者共の間を

店々の灯火に仄明るい路地へと
無造作に歩き出す姿に

急いで飛び付く
男がいた。





「あ、ありがとう
ありがとう
ありがとう」


草臥れた背広は
泥に汚れ
肩の辺りが
解れている。



目はアオタンに
膨れ上がる最中だ。




必死に感謝する姿には
目の前に見た
暴力への恐怖の方が
より滲んで見える。




足が止まる。



飛び付いた男は
ビクッ

すくんだ。




ガツッ
骨が肉の下で
衝撃をもろに受ける鈍い音が響き、


ズシャッ
意識を失った体が
路上に投げ出される音が続いた。




蹴り上げるのも一瞬
ふわりと着地するのも一瞬




蠢きながら
身を起こしかけた肉塊は
路上に仰向けに転がり
痙攣していた。




「そ、そこまでしなくても……」

その惨状に
ズタボロの背広男は
呆然と呟く。




巻き込まれた暴力の上を行く暴力に
無力なネズミは
逃げ込む場所を虚しく求めていた。




背広男を振り向く顔に、
次の衝撃が
男を襲う。




ち……中学生?




路地からの灯りに
その顔は浮かんだ。




眉はくっきりと上がり
彫りの深い眼窩に
秀でた額が
影を落としている。


鼻筋は高く通り、
頬のラインは
僅かに幼さに小さい顎に向けて
左右対称に描かれている。



赤みを帯びた唇の
柔らかなふくらみと赤みは
10代前半のそれだ。





何より
背広男を混乱させたのは
その眸だった。



何の感情も籠らぬ眸は

起こった全てが
夢か幻かと
思わせるようだ。





これは……警察沙汰だ。
俺は被害者だ。
でも…………もう被害者じゃないかもしれない。



足元に転がる5人は
重傷を負っている。



やばい
やばい
やばいことだ。


言い聞かせるそばから
それが
吸い取られていく。




虚無に暗い眸は
男の泣き言からは
遥かに遠い世界にあった。





男は
言葉を失った。




少年は
初めて声を発した。


「潰しただけだ。

誰か呼ばれても
面倒だ。」



スタスタ歩き出す少年に
男は追い縋る。


「ま、待って」


振り向きもしない。

「俺は急いでる。」

言い捨てた言葉が
まだ
残る路地裏に


少年が消えた路地の向こうから
サイレンが聞こえてきた。




背広男は
座り込んだ。


自分が
このなりで歩き回っても
仕方ない。


助かった。
助かったんだ。


とにかく
助かった。


男は
既に
わからなくなっていた。



この5人から助かったのか。


自分を助けた少年から
助かったのか。


ただ
助かった。


それだけが
分かることだった。


画像はお借りしました。
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