黒猫物語 浮舟の選択 55 海辺
NEW! 2016-08-21 17:43:11
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





海鳥の声がする。


風は冷たい。
まだ冬の厳しさだ。



瑞月は
口をきかない。


車の中から
ずっと
そうだ。


道沿いに
海を感じるあたりから
口数は少なくなっていた。



海まで続く
更地の広がり

海の奥の奥まで見遥かす
水平線の広がり


俺たちも
口を開かない。


瑞月の眼差しに
海斗さんの瑞月の肩を抱く姿に
結城さんの受けている衝撃に


俺たちはシンクロしていた。





海は
町を呑み込んだ。

店も
家も
道も
みんな呑まれた。


人に
魔法は使えない
消えちゃったものは
作り直さなきゃ生まれない。



みんな
もう一度
作り直さなきゃ
作り直さなきゃ
作り直さなきゃ
……………………。


でも
大切な人がいない

瑞月のお母さんがいないように

海斗さんの道子さんがいないように

大切な人がいない



その人がいない


その人がいなければ


その人がいなければ


作れない


作れない


作っていたのは人生だから


だから

ここには作れない。




そんな哀しみが
更地に
感じられる。




大切な人を守るため

大切な命を守るため

今を生きる



そのために
海辺を離れた人たちも
たくさんいるんだ。





どうか

どうか

歩いていて

歩いていてください




そんな思いに

胸が締め付けられる





作り直しはきかないんだ。

きっと

そうではない

今生きる

今作る




そう思えるのに

どのくらいかかるだろう。





二人は
5年間
一度も訪れなかった
その人がいないそこを。




その人がいないそこは

もう

そこではなかったから



そして、
今、
俺たちはいる。


瑞月の育った海辺だ。


日差しを浴びながら
煌めく海を見ながら
春浅いそこに
俺たちはいる。



そこここに
花束をもった家族が


ご老人が


ご夫婦が


学生らしき姿が


海に向かって祈っている。




寒い。

瑞月、
寒いな、


お前、
どう過ごしたんだ。


夜、
どんなに寒かったろう。


真っ暗な夜、
お母さんを待っていたのだろうか。


凍えながら
泣きながら
待っていたのだろうか。


話すことが苦手なお前は
いったい
どう
そこで過ごしたろう。




学校で再会したお前は
なんにも食べなくなっていた。



みんなの置いた花たちが
潮に連れられていく。


海に

海に

大切な人はいる



大切で

大切で

もう

残された自分が

生きてることが

信じられないくらい

大切だった人は

海にいる。



俺たちはシンクロしていた。





「あ、
ありがとうございます。」


突然、
拓也さんの声がした。


拓也さんが
白髪混じりのご夫婦に
挨拶している。


瑞月が
ふっ
と振り返る。



「……おじちゃん おばちゃん」

瑞月が
信じられないように
口を開く。




「瑞月ちゃん

よかった!

元気でいたんだね。」


奥さんが
涙を浮かべて
瑞月に話し掛けた。


瑞月が
海斗さんの腕を抜け出し
二人に駆け寄る。


奥さんが瑞月を抱き締めて
旦那さんが瑞月の頭を撫でる。


「心配してた。
ずっと
気に掛けていたよ。」


瑞月が
泣いている。


小さな子が泣くように
大きな口で
精一杯の声で
泣いている。


よく泣く瑞月だけど、
こんな泣き方は
初めて見る。


涙に
たくさん
流れ出してた。


声に
どっさり
何かが詰まってた。



「背広の人たち、
ちゃんと
してくれた?」


「そうだぞ。

連れてかれちゃって
どうなったか
ほんとに心配してた。」


「よかった
よかった

会えてよかった。」




瑞月は
あの日の分を
泣いている。



瑞月の涙に
何かが
溶け出していた。


何かが溶け出して
何かが始まる。


俺たちは
静かに
見詰めていた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。