黒猫物語 浮舟の選択 小景 朝食を食べながら
NEW! 2016-08-21 08:14:54
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





二人だけの食卓。

瑞月を近々と眺める。
その頬にも
口元にも
座ったまま手が届く。


いいものだ。



「あのね」

大好きな煮物を取り分けながら
瑞月は言い出した。


「僕、
指文字を習いたい。」



クラスメイトのためか。


「先生を探すか?」


「ううん。
本で勉強する。

学校で
放課後に習うの。

かっちゃんと
一緒に勉強したいから。」




放課後?!
帰りが遅くなるじゃないか!!




瑞月は
サラサラと
淀みない。


食べる速度も
淀みない。


ああ、
白和えがこぼれる。



テーブルを
拭きながら思う。


授業が終わったら、
さっさと
帰って来ればいいんだ。




内心を押し隠して
尋ねた。


「先生は
つくのか?」




「水澤先生が
教えてくださるって。」



反対だ
絶対反対!!

お前は
年上に弱いんだ。



「お前一人のために
放課後
先生をお借りしては
申し訳ないだろう。」



お浸しに
鰹節をかけてやる。


嬉しそうに
パクンと食べる。


足元で黒が鳴く。
黒の皿にも
鰹節を入れてやる。



本当に
放課後まで残りたいのか。
俺が待っているのに。



「クラブ活動だよ。

水澤先生は
指文字のクラブを作るの。」



何時まで
やるんだ、
そのクラブ活動とやらは。



「帰りが
遅くなるのが
心配だ。」



落ち着け。
怒るわけにはいかない。




「ご飯の時間には
戻れるよ。

僕、
電車も頑張る。

かっちゃんも
電車なんだって。」



…………仕方ない。

後で考えよう。
通勤時間の電車を経験させてからだ。



瑞月は
学校が気に入った。

よかった。
それは
よかったんだ。


「分かった。
気をつけて帰っておいで。」



これで
ご馳走さまだな。

ご飯茶碗に
お湯を注いでやる。




考える。

どうだろう。
瑞月は
喜んでくれるだろうか。



……もう決まったことだ。
警護のためだ。
必要だ。



友達と遊びたいと……言い出すだろうか。




「海斗、
何考えてるの?」


はっ
と気づくと

瑞月が
テーブルに乗り出して、
一生懸命見詰めていた。



「僕、
あの真っ黒な奴、
もう
怖くないよ。

一人で
ちゃんと頑張れるよ。

この石ね、
海斗のこと考えると
温かくなるんだよ。

海斗から引き離そうとしたら
イヤ!
って追っ払える。

ホントにイヤだもん。」




瑞月の
頬に手を触れる。



こんなにも慕ってくれる。
夢のようだ。

愛しい
愛しくて堪らない。



「瑞月、
通学のことだ。

やはり、
電車は避けたい。

来週から
土曜日は
学校近くのホテルに泊まれ。

朝、
ホテルから登校する。
分かったか?」


瑞月が
目を見張る。

すっ

頬から
色が引いていく。


「ホテル?
僕、
電車はだいじょうぶたよ。

ホテルなんて
泊まりたくない。」




俺は
聞いてしまう。


「なぜだ?」




瑞月は
必死に訴える。

「……よ、夜は
海斗といたい。

海斗!
僕、
頑張るから…………。」




「おいで」

俺は
手を差し伸べる。


瑞月は
飛び込んできた。


瑞月を膝に乗せ、
そっと
背を撫でる。


「俺も一緒だ。
土曜日は
二人ともオフにする。

二人で過ごそう。

すまなかった。
また
いじめてしまったな。」


えっ?

瑞月が
まじまじと俺を見る。


俺は
ただ見返した。





キッ
と睨まれた。


俺の胸を叩く。
細い腕で
一生懸命に叩く。


怒っている
怒っている

その怒りが愛しくて堪らない。




暴れる瑞月を抱き締めて
あやすように
繰り返した。


一緒にいる

一緒にいる

一緒にいる

すまなかった

………………。






そっと顔を上げさせ
キスをした。



涙目だ。
愛しさに
胸が痛くなる。


「金曜日は11日だ。

お母さんの命日だ。
道子の命日でもある。

瑞月の生まれた家を訪ねよう。
二人でお参りしたい。

どうだ?」


瑞月は
ぴくっとして、
それから
頷いた。


「……ありがとう。」


小さな声で応える。

「海斗、
大好き。」


また
抱き付いてくる。


愛しい。
愛しいとは
切ないものだ。


こんなに胸が
痛くなる。





あ、
やばい。
茶碗がひっくり返ってる。
さっきのダイブか。


敷物が……。
まずいな。


ま、
いいか。
お湯だしな。
乾けば分からない。

咲さんが来るまで
まだ一時間ある。







瑞月の温もりを確かめながら
俺は考え始めた。


闇は二夜続いて現れた。
そして、
瑞月を狙っていた……。


勾玉とともに
新たな戦いが始まっている。


それは、
瑞月の争奪戦らしい。




「海斗……」

瑞月が
俺を見上げる。


「さあ
片付けるぞ。

高遠と拓也が
戻ってくる。」

俺は
乾いた雑巾を
敷物に乗せてから
作業に入った。