黒猫物語 浮舟の選択 幕間 闇の襲来
NEW! 2016-08-20 08:55:54
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





寝室の薄闇に、
ぽつんと
染みのように動くものが
滲み出す。


寝台を囲む柱を結ぶ結界の外を
一匹の闇がゆっくりと
隠れ家を物色する。






尋常ではない冷気が
黒の毛を逆立てさせた。



うううううう

低く
威嚇の声を上げ
黒は
背を丸め、
四肢を踏ん張った。




ニャー

ニャー

ニャー
ニャー
ニャーニャーニャー


黒の声が届いたのは
瑞月だった。


頭をもたげ、
瑞月は見回す。


「黒ちゃん
どうしたの?

海斗、
黒ちゃんが…………。」




海斗の胸は
静かに上下する。


寝てる…………。
抱かれた胸に
昨夜の己の姿態が甦り
瑞月は
一人
頬を染める。


欲しかった
乱され
満たされ
コロサレタ。


「海斗のばか…………。」


それは、
羞じらいが言わせたものでもあり、
起きてくれない恋人に対する仄かな苛立ちでもあった。



黒の攻撃態勢は変わらない。
寝室に響き渡る声の中、
瑞月は
ふっ

喉が渇くのを感じた。



小卓にある水差しが
薄闇に浮き上がる。



頭の中に
湧いた「なぜ」は
消えていく。



なぜ海斗は起きないの?

なぜ黒ちゃんは鳴いてるの?




寒い。

手を伸ばすと
海斗のガウンが触れた。


瑞月は、
それを引き寄せ
海斗の胸から身を起こした。


黒は
ぱっ
と振り返り、
ガウンを咥える。


お水……。
お水飲む…………。


瑞月は
ガウンにくるまり、

黒は
引き摺られ
ベッドからコロンと落ちた。



白い足先が
転げ落ちた黒の脇に
下ろされる。


深緑のガウンが
それに続き、
ズルズルと床を進む。



黒は跳ね起き、
鳴き立てながら
ぐるぐると瑞月の足元に騒いだが、
その
意思のない歩みは
止まらない。


小卓の前に立ち、
水差しを取り上げる。
コップに水を注ぎ飲み干し、
それを置いた。


甲高い笑い声が
部屋に満ちた。


見る間に
翡翠は黒ずみ
瑞月は
立ち尽くした。





見ろよ、
よがってやがる。

男たちの下卑た笑い声。


下肢を開かれ
男を受け入れ啜り泣く。

口を抉じ開けられ
咥えさせられる。


しっかり舐めろ
お前が
大好きなもんだろ?


イヤ
イヤ
イヤ
イヤ
いやだーーーーーっ




瑞月、
見せてごらん


感じやすい子だ


もう
俺を待ち兼ねている。



同じだよ

同じだよ

同じだよ

…………………………。


瑞月の体は冷たくなった。

飲み込んだものは
体内を駆け巡り
心を凍らせ
瑞月を一体の人形とした。



さあ
お前を
踏みにじる男が
憎いだろう?


お前は
憎いんだよ。


ほら
そこで
何にも知らずに
寝てるんだ。


ほら、
今なら
復讐できるよ。


さあ、
何にする?


そこの文鎮なんて
どうだい?


降り下ろせば
そいつの頭はスイカみたいに
ぐちゃぐちゃだ。


さあ

さあ

さあ

さあやるんだ!




「ち、ちが……」

掠れた声が
瑞月の喉を震わせた。


震える手が
ガウンを胸に引き寄せた。


違う!!


瑞月の叫びとともに、
黒が
胸元に寄せられたガウンに飛び付き
翡翠を体で包み込んだ。


一瞬に部屋は閃光に満たされ
鋭い破裂音が鳴り響いた。



瑞月!!


破裂音に
跳ね起きた海斗が見たのは、
黒を胸に抱いたまま
崩れ落ちようとする
瑞月だった。


黒ごと瑞月を抱き止めて
室内を見回すと、


小卓には、
ガラスの破片の小山が
二つ盛られ、

ライティングデスクには
青黒い小山が出来ていた。



白色光に
隈無く照らし出される中に、
三つの小山は
サラサラと
消えていく。


海斗が
一人と一匹を抱いて
ベッドに戻ると、
ゆっくりと室内は薄闇に包まれた。


黒は
何かに汚れた
とでも言うように
せっせと
毛皮を舐めている。


海斗は
静かに瑞月を揺すった。

ふわりと
目が開き、
海斗を見上げる眸に
灯が点る。


「海斗……。」


次の瞬間、
折れんばかりに抱き締められて、
瑞月は微笑んだ。


「ああ
海斗……。

海斗だ。

嬉しいな。」


しばらくは、
ただ
抱き合う時間が流れた。




「痛いよ、
海斗。

もう
だいじょうぶだよ。」


海斗が
ようやく
事の次第を尋ねたのは、

瑞月がクスリと笑って
そう言ったときだ。



瑞月の眸を覗き込み、
海斗は
落ち着いて尋ねた。



「何があった?」



瑞月は笑う。
あっけらかんと
笑ってみせた。


「よく分からない……。

黒ちゃん
分かる?」


ニャー

黒が鳴き声に応じる。


そして、
瑞月は
考えながら
応えていった。


「すごく
怖いこと言われた……。

別の人が
僕の中にいたみたい。


でもね、
海斗のガウンからね
海斗の匂いしたの。

だからね、
違う!
って言った。

海斗のお陰だよ。


そしたら、
黒ちゃんが
飛び付いてきて、
石が
パーッて熱くなって…………。


海斗に
抱っこされてた。」


最後に
きゃっ

海斗に抱き付き、
嬉しそうに
体を擦り付ける。


海斗が
さらに尋ねようとすると、
瑞月は
その機先を制する。


「ほら
光が弱くなっちゃった。

僕、
なんだか空っぽなの。

あのね、
海斗が欲しい。」


満面の笑顔に
甘え声で
瑞月はねだる。


「だめだ。
体を休めよう。

抱っこしていてやる。」


海斗は
構わず掛布を引き寄せる。


コロン!
と瑞月は掛布に乗っかり
ピョン!
と黒はその脇に飛び乗った。



「だって
ホントに空っぽなんだよ。

僕、
闇をやっつけたんだもの。
たくさん使っちゃったんだ。

海斗が欲しいよ。
海斗が僕に入れてくれなきゃ。」


甘く
甘えて
甘い声が
甘い眼差しでおねだりする。


ニャーニャーニャー

黒が
横から援護射撃する。



また寝室は
甘くなった。


だいじょうぶか?

だいじょうぶか?


気弱な狼の声は、
甘えん坊の仔猫のおねだりに
消されていく。


もっと

もっと

海斗
大好きなんだもん



もっと欲しいよ