黒猫物語 浮舟の選択 小景 車中
NEW! 2016-08-15 17:21:45
テーマ:クロネコ物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





車が動き出し、
お前は驚く。


急いで離れようとするのを
俺は抱き締めて離さない。


「海斗!
たけちゃんと伊東さんが…………。」

お前は
小さな声で
囁く。


細い腕を突っ張り
俺から逃れようと一生懸命だ。



その腕で
俺から逃れるなど
できはしない。


抱き締めたまま
耳に囁く。

「後部座席は
防音になっている。

お前を泣かせても
高遠には
わからない。」


え?

見上げるお前の唇を
改めて塞ぐ。


感じていることは
喘ぎに読めるのに、
パタパタと
お前は暴れる。


何なんだ?


唇を離すと
腕の中で
喘ぎながら言い出した。



「僕、
伊東さんに
謝らなきゃ。」



「瑞月、
警護は続く。

一回一回謝られては
伊東も立場がない。

伊東こそ
お前を気遣っていた。

気にし過ぎるな。」


髪を撫で、
言い聞かせた。


お前は
ぶんぶん
頭を横に振る。


こんなに主張するのは
スケートくらいだったのに。


「謝らなきゃ
だめか?」

髪を撫でる手を止めて、
その眸を覗き込んだ。


お前は俺の胸に手を揃え
俺の目を受けて
揺らがない。



「謝りたい。
謝って、
また
お願いしたいんだもの。」


俺は、
仕切りに設置された
コントロールのカバーを開けた。


「これで、
話せるぞ。

呼んでごらん。」


俺は
運転席への通話をオンにし、
瑞月の肩を叩いてやった。


「伊東さん

伊東さん

聞こえますか?


………………これでいいの?」


俺の足の間で
床に膝をついて
インターフォンに話し掛け、


振り返り
小首を傾げる。


何も
床に座り込まなくても
十分に聴こえる。


俺は
瑞月を抱き上げて、
膝に乗せた。



「だいじょうぶ。
ここから十分に声は届く。」

ところが、

「はい。

伊東です。

聞こえております。」


伊東の返事が聞こえたとたん、
瑞月は
膝から滑り下りる。


また
ぴょんと
瑞月は
インターフォンに
張り付いた。



「伊東さん

今日は
僕の勘違いで
ご迷惑をかけました。

すみませんでした。


あの……
西原さんは
頑張ってました。

僕、
怖がりでした。
僕を守ろうとして
ああなっちゃって、
僕、
心配です。

西原さんと、
一緒に
学校に
行きたいです。

僕たち、
クラスの仲間なんです。

先生が
どの一人が欠けても
できない学びだったって
言ってました。

学校一緒に行けるように
してほしいです。」



車の揺れにもめげないで、
お前は
インターフォンに
張り付いていた。


後ろから
支えてやる俺の手にも
お前は気づかない。


ただ
一生懸命に頼んでる。

そして、
伊東の答えを
張り付いたまま
待っている。


「瑞月さん
西原は学校に行かせます。

同じクラスです。

マサさんも、
そのつもりです。

だいじょうぶですよ。

私が謝るのを見て、
心配になったんですね。

だいじょうぶ。
ちゃんと学ばせてやりたいから、
彼奴に教えたんです。

彼奴が何をしたかと
彼奴がまだまだだってことを
教えました。

彼奴はギリギリ分かったと
思います。

まだ何が足りないかは
分かってないでしょうが、
足りないことは
分かりました。

学校で
また
そこを学んで行くでしょう。

頼りないクラスメイトですが、
仲良くしてやってください。」


瑞月は
ぺたん

尻をついた。

仕切りから
手を下ろし、
すっかり安心したように
脱力した。



そして、


ぺたん
としたまま
嬉しくてたまらないように
そわそわし始める。


「たけちゃん
たけちゃん

聞こえた?

西原さん来るって!!」


まるで
前の仕切りが
ないかのように、

その向こうへ
お前は話し掛ける。


「聞こえてる。

嬉しいな。
うちのクラス、
最高だと思わないか?」


高遠の声が
返ってくる。


「うん!
うん!
最高だよね。

西原さん、
すごく大きな声、
出してたよね。」

ますます、
お前は
はしゃぐ。

その笑顔は
仕切りの向こうのさらに先に
何かを見ているようだ。

その視線は
俺の知らない何かを見詰め、
その耳には
仲間の声が谺している。



「今日、
一緒にいた仲間、
誰も欠けずに
いきたいな。

西原さんは
もう仲間だよ。」

高遠も
同じだろう。

声の弾みが
シンクロして、
車内に温かく響いている。


「彼奴は
まだまだです。

高遠さんの良さが
分からないうちは
半人前ですよ。」


伊東の声が
割り込んだ。


そして、
割り込んだとたん、
二人の笑いが炸裂した。


瑞月は
腹を抱えて笑っている。
高遠の似たような声が
インターフォンから溢れ出す。


俺も、
伊東も、
この笑いの発作が収まるまで
忍耐強く待った。


収まりかけては、
「まだまだ」とか
「安全」とか
どちらかが言い出しては
また
笑い出す。


ようやく
はぁはぁしながら

「お腹いたーい」


瑞月が言い出したあたりで
伊東が高遠に尋ねた。



「どうしたんですか?
私が
何か?」


高遠の
はぁはぁも
マイクから伝わってくる。



「すみません。
マサさんも
同じこと言ってました。

二人の大先輩が
同じことを言うもんだから……。」


そして、
また、
二人は、
気が済むまで
腹の皮を捩って笑った。




俺は、
マイクに向かった。

「とりあえず
眠らせる。

着くまでマイクは切るぞ。」



さて、
お前だ。


座席に転がって
まだ
クスクスが止まらないお前に
教えなきゃならない。


大切な勉強だぞ。


俺は、
お前を起こし、
膝に乗せた。


顔を両手で挟み、
真っ直ぐ覗き込む。


お前は
ようやく
俺の顔に気付く。


ん?
なあに?

そんなふうに
小首を傾げて待っている。


いいか。
よくお聞き。

「前のプログラム
どこに苦労したか
覚えてるか?」


「えっと…………。
最後のスピンで…………。」

「技術じゃない。
解釈だ。」

「海斗に
愛してるって
伝わるか。

すごく考えたよ。」

「まだ
お前を抱く前の話だ。」

「………………?」


俺は、
お前の首筋に
唇を這わせた。




あっ…………。

虚を突かれて
お前は
ふっ
と逃げようとする。


無駄だ、
瑞月。

俺はそそられるだけだ。




胸を抱き止めたまま
ボタンを外していく。


「海斗……
待って

聞こえちゃう。」


その胸の愛らしいピンクを
剥き出しにされ、
目を泳がせるお前は
俺の獲物だ。




あうっ…………。


そのピンクを
捉えられ、
お前は全身を震わせる。




もう
逃げる気力を奪ったことを
見すまして、
俺は教えてやる。



「愛してるのに
なぜ
殺したくなるか。

教えてやったろ?」



膝に
崩れた
俺の半身。


その髪を撫でながら
語りかける。




「お前が
誰かに笑いかけるだけで
苦しくなる。

お前を
誰かが見詰めるだけで
お前を隠したくなる。

お前を抱いたとき
俺も
そうなるはずだ。

そう教えた。」




お前は
ぼーっ

俺を見上げる。

そして、
ゆっくりと
細い腕を上げ、
その指を俺の頬にあてた。



「僕、
色んなこと知りたいよ。

色んな人に会いたい。

学ぶって

面白かった。」


お前の声は甘い。




「わかってる。

お前は一人立ちを始めたんだ。」


俺は応える。




「殺したい?」

お前の眸は
俺を映し出す。

真っ直ぐに見詰める眸は、
今、
空っぽだ。




「離れた時間の分、
俺は見たくなる。

お前の狂う顔を見たくなる。
俺だけのお前を見たくなる。
誰にも見せないお前を見たくなる。

わかるか?」


すーっ

色を取り戻した眸が
キラキラと
俺を見上げる。



「うん。
僕は海斗のものだよ。
海斗は僕のものだ。

だから
見せるよ。
狂う僕を
見せる。


えっと、

僕たち…………死んで、
ヨミガエル。

ヨミガエって
二人で生きていく。」




その額にキスをし、
閉じたまぶたに
キスをした。



「そうだ。
いい子だ。

まず、
寝かせてやる。
さあ、
おいで。」


胸の翡翠が
誘い込むように光を発する。

俺の愛撫に
お前は
応える。


そう、
今は
寝かすだけだ。


堕ちて
微笑んで
お前は眸を閉じた。


いい子だ。
お前が羞じらう姿を
俺は見せてもらう。

今夜の俺は
お前を取り戻したい。

耐えてごらん。
もう一つ上まで連れて行ってやるから。