黒猫物語 邂逅4
NEW! 2016-10-16 12:26:38
テーマ:黒猫物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









椅子までは
西原さんが手を添えてくれた。
柔らかく日差しが当たるのが感じられる。


足下は絨毯か。
高遠君なら
ここに直に座り込みそうだな。

椅子は物置き代わりかな。
色々積んであったのを片付けたんだね。



「先生、
今日いらしてくださって
嬉しいです。

俺、
音楽室にいた奴のこと
知りたいんです。」

高遠君だ。


「だから!
そういうのは、
年上が言うことなんだって!」

西原さんだ。
声の調子が変わらない。

昨夜はマサさんの家に泊まった。
彼は知らない。


高遠君は、
どうするだろう。



「俺、
西原さんと先生に
知ってほしいことがあります。

お二人は
音楽室で一緒だった人、
そして、
瑞月を大切に思ってくださる人です。

何か
オカルトみたいで
他の人には説明しにくいけど、
危険が
瑞月に迫ってます。

そんな気がするんです。」



「なんだって?!

なんですぐ言わ…………い、いや……。
すまん!

話してくれ!
俺も仲間に入れてくれて
嬉しい!

よろしく頼む!!」


西原さんは
激昂しかけて踏みとどまった。

さらに謝る。
期待の若者だな。



「私はざっと聞きました。

ですが、
西原さんもいます。
君の言葉で
話してください。」

私は
高遠君を促した。



真夜中
階段を駆け上がる足音。

部屋を飛び出し、
夢中で駆け上がる君。


飛び込んで目にした凄惨な姿。


目の前で
見えない闇に犯される
愛する少年。


力尽き、
崩れ落ちる姿。


「俺、
何もできませんでした。

今度は
目の前で起こっていることだったのに、
何もできませんでした。

瑞月を守れなかったんです。」


声に滲むものが
あった。


西原さんは
コトリとも音を立てない。


静けさが、
その悪夢を消せない事実に
ゆっくりと
変えていくのを感じる。


腹に力を入れた。


「それは、
瑞月君に起きたことではない。

まず、
二人とも
そこをしっかり頭に叩き込みなさい。


起きたことのように
瑞月君を支配しようとする者を
跳ね返すんです。」


「で、でも…………。」

高遠君の声だ。
共に沈んでしまいたくなるほどに
その絶望は深い。


「 瑞月君は
その恐怖も痛みも
感じました。

どんなにか
苦しかったでしょう。

その思いを
もう一度させたいですか?」



私は、
声から感情を消した。


一瞬の間隙。


わああああああああっ



地の底から
沸き上がるような
苦悶に満ちた叫びが
部屋を満たし
溢れ
爆発した。



西原さんが
飛び出す気配。


何かを殴り付ける音。
ベッドに
壁に
その拳が当たっている。
まさに昨夜の瑞月君のように
高遠君が荒れている。


そして、



それを
押さえようと


何とか
助けようと


必死になる西原さんの
呼吸が荒い。


全身で
暴れているんだろう。
苦しくて
どうにもならないんだろう。



高遠

高遠

高遠

…………。


西原さんの声が
切ない。



本当に
二人を任せていただいている。
誰も部屋に飛び込んできたりしなかった。




「………………すみません。」

微かな声が
部屋に戻ってきた。


「だ、だいじょうぶか?

だいじょうぶか、高遠?」


こんな高遠君、
初めてなんだな。


高遠君、
君は
本当は激しい子なんだ。

瑞月君のために、
それをコントロールしてきたに過ぎない。


マグマにも似た
突き上げる衝動は
高遠君を
素に戻した。



「もう一度言います。

その悪夢は、
瑞月君の経験ではありません。

しっかり叩き込みなさい。

〝あなたなんか知らない!〟

忘れてはいけません。
切り札は〝心〟です。」



高遠君は
まるで棒読みのセリフを言うように
呟く。



「瑞月はレイプされました。

俺のせいです。

俺は一人にしました。

危ないと感じていたのに、
一人にしたんです。」


過去に囚われ、
君は苦しむ。


見なかったレイプの場を目の当たりにし、
君は、
壊れかけている。



「だから、
自分を責めて
償いとして側にいるんですか?

それでは、
あなたの思いは
あなたを苦しめる枷のようなものだ。

負を抱いて
側にいる者は
闇のかっこうの餌食となります。


瑞月君を危険に
晒したいんですか?」



微かな身動ぎに、
君の揺らぎが伝わる。




「 瑞月君は、
あなたを責めてなどいない。
感謝しかしていない。


そう感じますが、
違いますか?


人は
〝心〟を守られて
初めて真に〝守られる〟。

あなたは、
瑞月君の心を守ってきたんです。


こんな悪夢に揺れて、
〝心〟より〝体〟に戻るつもりですか?!


それは、
〝体〟を蹂躙され、
それを乗り越え、
今を生きる瑞月君を否定するのも
同じです。


瑞月君の無垢な魂を
あなたは
守ってきました。


あなたが揺らいで、
瑞月君を守れますか?




高遠君
言わせてもらいますよ。


しっかりしろ!!」


私の声が
室内に谺した。


谺して
二人を包んだ。


余韻に
日差しの温もりが
私を包んでいるのに気付いた。


…………暖かい。


「高遠、

なあ
高遠……。」


西原さんの
おろおろした声が
太陽の温もりにマッチしている。


その〝おろおろ〟に、
私は
じんとする。




「……はい

よくわかりました。」


ああ、
高遠君の声だ。


取り戻した。


「トムさん
ありがとう。

もう
だいじょうぶです。」


そして、
君は、
また歩いていく。


よく自制したものだ。
これほどの衝撃を
君は、
よく………………。


瑞月君がいたから……か。
あの子は覚えていなかった。
思い出させる訳にはいかなかった。


「お、おう!

何かあったら、
俺にも言えよ。

ほら、
音楽室の仲間なんだからな。」



「二人とも、
よく覚えておいてください。

カギは〝心〟です。

今を生きる心が、
前を向かせてくれるんですよ。」


二人が笑う。

それぞれの「はい!」が
眩しい。




今日は
ここまでとしよう。


終わらぬ宿題は、
もう出されている。



二人とも
闇に突き付けられた。

瑞月君を欲しがる自分を
突き付けられた。


闇からの攻撃は
一度で済むものではなく、
彼らの恋情が
消えていくわけでもない。


どう向き合うだろう。
心配でもあり、
不思議と
頼もしくもある。



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