黒猫物語 邂逅プロローグ
NEW! 2016-10-03 19:24:44
テーマ:黒猫物語

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。









「……お腹すいた。」

おはようのキスに、
お前は
恥ずかしそうに訴えた。




「おはよう
瑞月!


俺たちも
こっちで食べろって。

久しぶりに一緒に食べられるぞ。」


廊下に出ると
下から声がかかる。


いつの間にか
テーブルは
食事会のときのものになっていた。

そして、
高遠が
笑いながら
手を上げている。



瑞月は
自分のパジャマ姿に
一瞬狼狽えたが
肩を抱いてやると
元気に手を振り返した。



「待ってて
すぐ着替える!」

手摺から
身を乗り出して声をかけ、
くるっと
身を翻した。



身を翻したお前がドアに飛び込むと
下の三人は俺に黙礼する。



俺も黙礼を返し、
瑞月を追った。





う……
あ……


昨夜のそれは
突然始まった。


カッ

見開かれた目。


目を開けてはいても
見えてはいない。


いきなり
跳ね起きて
突進した先には
小卓があった。


かろうじて抱き止めたが、
小卓は倒れ
水差しもコップも吹っ飛んだ。


瑞月を抱いたまま
俺は背中から
壁にぶち当たった。


瑞月は
必死に何かから逃れようと
手足をばたつかせる。


あああああああっ


壁に二人ぶち当たる音に
瑞月の獣じみた咆哮に
洋館は異変を
室外に伝えた。


警護からの緊急連絡で
咲さんが
武藤が
気配を察した高遠が
階段を駆け上がってきた。




なす術もなく
瑞月は凌辱された。


凌辱されていることは
如実に分かった。


そのときの瑞月を
俺は
知り尽くしている。


追い上げられ
許されず
その頂点に泣き咽ぶ。



俺は
瑞月を抱き締めながら
俺ではない誰かの手に弄ばれる瑞月を
ただ感じていた。


ぽっかりと開いた目は
闇を映して虚ろだった。


その目が閉じられ、
ぐったりとお前の四肢から力が抜けるまで
その地獄は続いた。


飛び込んできてから
彫像のように
三人は凍りついていた。


俺は瑞月を離さなかったし、
拓也は高遠が止めた。


出ていくことも
俺たちを引き離すことも
できなかったんだろう。


静まり返った。




俺は静かに口を開いた。

「着替えさせます。」


抱き上げる腕に
しっとりと染み入るほどに
お前は全身汗にしとど濡れていた。


俺は
皆が出ていくのを待った。


瑞月を抱き締めながら
待った。


誰にも
俺以外誰にも
瑞月の裸体を見せたくなかった。




最後の一人が出ていき、
俺は
そっと瑞月のパジャマを脱がせた。


小さくノックが聞こえた。


ドアを細く開けると、
湯を入れた盥に
タオルが
置かれていた。


ベッドの瑞月は
投げ出された人形のようだった。


その体を拭き清めた。


その足指の一本一本まで
俺は拭き清めた。


全身を清め、
パジャマを着せれば、
お前は
何の汚れも残していなかった。


そっと抱き上げた。
なすがままにお前は揺れる。


「瑞月」

呼び掛けた。


俺の目から
涙が吹き零れた。


瑞月の唇が
小さく俺の名が呟くまで
ただ揺らしながら
その名を
呼んでいた。





皆は、
起きていた。


それは、
お前が目覚めて
何か口に入れさせようと
廊下に出たときに
分かった。


一斉に見上げられたから。

そう。
ちょうど今のように。



お前を守ろう。
お前を守らなければ。
お前を守るんだ。
お前を守るには…………どうしたらいいんだ?



お前は察する。
俺の揺れを映す。
映して揺れるんだ。



決めろ

決めろ

決めろ

……………………。



「瑞月、
暖かくしろよ。

今日は雨だ。
だいぶ気温が低いぞ。」


俺は
落ち着いて
話し掛けた。




タートルネックに
喉を寒さから守る
白のセーターを
お前は着込んだ。




「あのね、
お腹すいちゃって
ごめんね。」

廊下に出る前、
頬を染め
羞じらいながら
お前は囁いた。


ずきん

胸が痛んだ。


「気にするな。
俺は待てる。

愛している。
だいじょうぶだ。」


そう
囁き返した。




部屋を出た。
階段を降りていく。



「おはようございます!」

お前の明るい声に
皆は口々に応える。


全員が席に揃った。



咲さんが、
全員を見回して
話し出した。

「御披露目パーティーの準備が始まりますよ。」



画像はお借りしました。
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